【黒い画集 ある遭難】

NHKラジオ第一 毎週土曜日「山カフェ」という番組がある。
リアルタイムで聴けなくても、後日「聴き逃し」で聴ける。
先日、6月27日は「映画で旅する山」というテーマだった。
「山」が出てくるものは、劇場で観て、レンタルで再度観てと
いう感じで一回ではきかず観ている。
「剱岳 点の記」「岳」「エヴェレスト 神々の山嶺」
「春を背負って」旧いところでは「聖職の碑」
最近では異色の外国映画「イーディ 83歳 初めての山登り」など。
そんな話の中でゲストには、1986年公開の映画『植村直己物語の主演を
した話などで、西田敏行氏が出演していた。
この映画は観ていない。
マスターの本棚というコーナーで、松本清張「黒い画集」に
収められている「ある遭難」の話をした。
松本清張は映画化されると大抵は観たくなるのだが、初めて聴く。
早速観た。
ある遭難.jpg
















劇場公開1961年(昭和36年)で出演者で分かる人は
最初に遭難してしまう岩瀬に児玉 清
岩瀬の従兄で槙田に土屋 嘉男 
弟の遭難に疑念を抱く岩瀬の姉役で香川京子
物語は、銀行に勤務する3人
A銀行支店長代理江田をリーダーとする浦橋、岩瀬三人の
パーティは、鹿島槍で遭難、岩瀬は黒部渓谷に命を失った。
浦橋は友の冥福を祈ってこの悲しみを雑誌岳人に詳しく書いた。
岩瀬の姉真佐子は、素人らしい素朴な疑問を抱いた。
初心者の浦橋が無事で経験者の弟が倒れたということである。
真佐子は従兄の槙田二郎に雑誌岳人と自分の意見を書いて送った。
槙田は山のエキスパートで、山に登りたいためにわざわざ東北の
会社を選んだほどの男である。真佐子の疑問を一笑に附したが、
岳人を読んで顔色が変った。それから槙田の活躍が始った……。
槙田に誘われた江田と二人、雪に埋もれたコースを「岳人」掲載通りに歩く。
当日は江田は身銭を切って、寝台車を使い、前夜の寝不足に
ならないようにした。ところが、歩き始めからゼイゼイ息を切らし、
ザックを下ろして休む岩瀬。
扇沢から柏原新道を爺ヶ岳経由で行くコースではなく、
大谷原から1時間ほど歩いて、西俣出合から急登を登る。
槙田と江田はアイゼンで雪渓を切りながら登る。
高千穂平に出ると槙田は、浦橋の手記からここまで大町の
鐘の音が聞えたのはすでに天候が悪化する前兆だったと言い、
気象台で一週間前に出す長期予報にも低気圧がここを通ることが
記されているのに--という槙田に江田はそっぽを向いていた。
遭難は布引岳の頂上から北槍に向う途中に天候が激化、
八峰キレットを目前に引き返したが、牛首山へ迷いこんだのが
五時、疲労困憊の岩瀬を浦橋に頼んで江田は冷小屋に救援を
頼みに出たのだ。冷小屋到着は七時、救援は翌朝になった。
その間に岩瀬が恐怖に気が狂い崖下に転落したのであった。
DVDを見ながら地図を観ていると、切実感が迫ってくる。
そういう江田に、山岳の専門誌に鹿島の北槍から冷小屋に向う時は、
牛首山に迷いこむ危険性があるから注意するように書いてあるのを
あなたは知っていてやったのだ、と槙田はきめつけた。
すべてが偶然の可能性に基いているが、そこに作為が
動いている場合は犯罪である。
冷小屋へ戻る時に「南峰」と牛首尾根との分岐には、今の地図にも
「悪天候時、牛首尾根に迷い込まぬように」と赤字で書かれている。
槙田は寝台車で何故熟睡が出来なく、疲労に追い込まれたのか?
週間予報では荒天が予想され、大町からの鐘が聴こえた時点でも
予想するに十分だった。全てが巧妙に仕組まれた遭難としか思えないのに、
動機が分からない。何故、江田は岩瀬を殺人に見せずに遭難させたのか?
動機が分からないまま、槙田と江田は下山する。
江田は槙田の足下に亀裂の罠を作り、動機は妻と岩瀬の姦通に
あったといった。だが、それを知った槙田は足下が崩れて崖下へ
落ちていった。死体は来年でないとあがらない。
にやりと笑う江田は上を見て息をのんだ。
槙田の落ちる音に、雪崩が誘発されたのだ。
江田の頭上に雪崩が・・・
映画の詳細を知らぬまま観ると、私たちも動機が分からないので「何故?」と
いうと問いを抱いたままだ。結局、岩瀬と妻への復讐の為に江田、槙田、岩瀬と
三人が鹿島槍ヶ岳に消えた。
話は違うが、若い頃の香川京子は頬が少しふっくらして本当に可愛い綺麗だ!
岩瀬役の児玉清は私にとってはNHKBS「週刊 ブックレビュー」の
司会が印象的だ。土屋嘉男は良い味を出している俳優そのままだ。
松本清張「黒い画集」には他に数篇収められているようだ。
動機は最後まで推理できない。殺人に至るひとつひとつのステップは
それと察しされない緻密さで実行されてゆく。
石山謙二郎氏が「山に関する映画の特集」があると仰ったが
この時世だから日にちはまだ、未定?開催も未定?なのでしょうか?

鹿島槍ヶ岳は初登頂は山の会に入ってまもない頃だった。
当時、NHK BSで「日本百名山」放送中だった。
岩崎元郎氏が親しみやすい感じで、氏のテレビを観ていると
自分でも登れるような錯覚に上手く誘われてしまう。
その岩崎氏と冷池山荘前で会った。一緒に写真を撮り、
それが縁で3~4回ほど手紙のやり取りを氏と交わした。
良い、昔の思い出だ!
二度目は単独で行ったが、お盆休みで、扇沢への道が混雑していた。
辛かった思い出がある。

【マスクとミサイル】

NHKから国民を守ると公言している政党があるが、
私には理解できないでいる。
私はNHKの番組はよく見るし、民放の番組こそ
体たらくそのものとの感があるが(個人的な見解)
NHK「こころの時代~宗教・人生~」という番組がある。
コロナ禍の時期に入り、過去の番組の再放送も多いが、
先日「緊急事態宣言の日々に」と題して、辺見 庸の
スマホによる電話での発信があった。
辺見 庸は懐かしかった。
一時、、真剣になって読んでいたのに・・・
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2004年 新潟での講演会の後に脳梗塞で倒れ、緊急搬送される。
2005年には大腸癌を発病したと知る。
私の中に辺見 庸がインプットされたのは「もの食う人びと」が
上梓された頃で、次第に私は距離を置いていた。
しかし、辺見 庸は2006年には「自分自身への尋問」と題して
1年4か月後の復帰をインタビューで答える形で話すことで
本書を上梓した。私の視界から消えはしたが、したたかに
逞しく、生きて、発信し、書いていたのだ。
自分の中で失い、見えかったものを、今、熟視すべきなのだ。
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「気づき」と「発見」は、自身が立てたアンテナにしか
キャッチされない。そう思う。周辺で、いろいろな発信が
あっても、自分が必要としていることしか取り込めない。
自分が底辺で生きていても、アンテナが高ければ取り込める。
1944年生まれの辺見氏。
先日、久米宏氏が自信のラジオ番組の閉鎖を匂わせた。
氏はラジオで言っていた。久米氏も1944年生まれ。
『自分は黒だと思って、黒と言ったはずなのに、
実際は発言が白になっていた。その辺の変化が年齢によるのか
そう気づいた時に、潮時だと感じた』
私も70代に届いた身として、自分の生活を縮小せねば。
辺見氏のブログで新聞に寄稿した記事のPDFがリンクされていた。
2020年3月29日(多分?)
信濃毎日新聞 「新型コロナと人類㊤ マスクとミサイル」
「新型コロナと人類㊦ 進む技術 退行する政治」
最近上梓した書物「月」は
相模原市の知的障害者施設殺傷事件を取り扱っている。
私が抱きかかえている本が消化されたら是非読んでみたい。
ありきたりの常套言葉でしか、事件の感想を話す人の何と
多い事か!加害者立場から・・・とよく言われるが
私は「死刑」は絶対反対だ。
「月」はノンフィクションではない。
2020年3月9日 京都新聞に本書を上梓した感想を書いている。
『社会に隠された優性思想の表出』と題して
この事件が起きた時、中世から近代、現代に至る人類の
歴史の上で、非常に大きな出来事だと直感しました。
「人間は平等であり、人権は守られる」
「人を差別しても、されてもいけない」といった
言わずもがなの前提が私たちの内面でとっくに破綻していたことを、
あらわにしたからです。「存在してもいい人間」
「存在してはいけない人間」を選別するー。  一部抜粋
さてさて、私は今、過去を少しずつ棄て、縮小した中で生きていこうと
思っている。何を見ても、何を思っても過去を思い出す。
未来は短い。
「現在地」を示すのは振り返ると長く、長く暗い過去へと
続くトンネルがある。
「未来」は薄明かりに灯された短い出口だ。

【犬のかたちをしているもの】

文芸誌「すばる」は毎号買う訳ではないが、時折図書館で借りる。
2019年11月号は「第43回すばる文学賞受賞作品」が掲載されていた。
さっと、読んで返したのだが、昨今テレビでAというコンビのWという
男の不倫が賑わっていて、それに関連して受賞作品の結末が気になって
再読した。私は、本当に、記憶中枢が衰えていて、本、ドラマ、映画等々
結末を忘れてしまう。数年を経て、再読することも多く、記憶が薄れたら
再読すれば良いと思っている。
この回まで選考委員をしていた高橋源一郎氏は、氏の「小説の書き方」の
書で、まず、タイトルが選考委員の胸にズシンとくると、受賞確率は
半分以上だと、言っていたことがあった。
「犬のかたちをしているもの」は、私は犬には特に深い思い入れはなく、
過去にも飼ったことはない。
そして、普通に、このタイトルには???であった。
案の定、高橋氏の選評
前略:受賞作になったのが高橋隼子さんの『犬のかたちをしている
もの』。最初にタイトルを見たとき、これはいいなという
予感がした。そして、その予感は最後まで裏切られなかった。
高橋さんの作品のいちばんいいところは「複雑」なところだった。
そして、それはおそらく、小説でしか表現できない、思考と文体を
駆使しなければできない「複雑」さだった。セックス、男女関係、
妊娠、東京と地方、繊細に物語は紡がれるが、作者が書こうと
しているのは「それ」ではない。もっとずっと熱っぽい何かだ。
すばる文学賞の選考委員としての最後の仕事に、この作品を
送り出すことができてとても嬉しい。
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30歳のわたし(薫)は卵巣の手術をした所為で、同居
している恋人郁也とのセックスが疎ましくなってくる。
郁也を気遣いつつも、郁也は薫を愛しているのだから、
セックスだけが全て繋がりを保つ強固な糸とは思って
いない。ところが、或る日、ミナシロと名乗る女性が
郁也の子を身籠った。セックスするだけの関係で
薫さんと別れて欲しいとか、そんなことは望んで
いないという。子供が出来てしまったことは
大いなる誤算で、自分は子供など好きではないと
言う。郁也とのセックスも割り切ってしている。
だけど、堕胎は怖いから、とにかく産む。
産む直前に郁也と籍を入れさせてくれ。
子供が生まれたら、離婚する。
あなたは郁也を籍を入れて、子供を育てて。
と言う。
「ねえ」
わたしは郁也に尋ねる。
「お金って、いくら払ってたの?一回あたり」
「・・・・・一万円」
泣き声のまま郁也が答える。
お金に困っている訳ではないだろう。
割り切った関係ということなのだろう。
思い出したことがある。
もっと若い頃、文章を書く場で知り合った
私より3歳若かったJ子さんは20歳以上も
年齢が上の幼稚園やその他事業をしている男
から毎月、結構なお金を貰って生活していた。
「それって、愛人なの?」
と問うと「女の身体は価値のあるものなのだから
好きだというだけで、見返りを求めないというのは
有り得ない。」と言った。
妻が居て、子供のいるWは、不特定多数の女性と
ただ、ひたすらセックスをして1万円札1枚
渡して、その瞬間には、犬のようなかたちで
所作は終わる。
ミナシロさんは実際子供を出産すると、自分で育てたく
なったと翻る。誰のお腹から産まれても郁也の子供で
あることには変わりなく、その内に郁也はわたしの
元を去っていくかもしれない。
郁也には、薬を飲むのを止めたことを言っていない。
中略
ミナシロさんのところへ行ってしまうかもしれない。
分かりやすく目に見える形がすでにある場所へ。
郁也は満たされる。同時に傷つく。
傷ついてほしいと、わたしは思っている。
だってそうしないとわたしが生きていけないから。
明日からどうしようかな、何を見て、何を聞いて、
どうやって生きていこうかな。何をよすがに、
何のために、何を言い聞かせていれば、
まるで自分のために、何を言い聞かせていれば、
まるで自分のために生きているみたいに、息が
できるんだろう。
高瀬隼子さんは1988年愛媛生れ 東京都在住
センター分け、ストレート髪の聡明な美人である。
物語は全てフィクションだという。

【再び二王子岳へ】

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4日は「ヘタレな途中惨敗」で中途挫折で五合目までも行かずに引き返して
来たが、何とも、消化不良な感じで、再び二王子岳へ向かった。
先回は、少しでも費用を抑えようと、レンタカーで行ったのだが、
今回は、新発田駅からタクシーを予約して行った。
他社二社に見積を聞くと、先回見積したSタクシーさんより往復で1000円
高いので、Sタクシーに決めた。
新発田駅6:45分⇒登山口7:26
三合目までは、先回よりも少し早くなった。
五合目定高山からは、脚が重い。
上空をヘリが飛んでいる。
「山頂へ向かっています」とマイクで呼びかけている。
えっ!?具合の悪い人でも出たのだろうか?
もっと上へ行き分かったのだが、道普請用の資材を荷揚げしていたのだった。
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油コボシを越えて、上から下りてきた人が、「荷揚げ資材」が登山道に
あるので、注意して歩いて下さい」と話していた。
定高山で休憩している時に、下山してくる人が私の名を呼びかけた。
以前所属していた山の会のAさん(健脚、リーダー)でした。
早い時間での下山だ!
登山口にタクシーで着いた時に、歩き始めた女性二人連れの内、お一人は
やはり以前同じ会だったNさんだった。
先回は、見逃したお目当てのサンカヨウは登山道脇に多く咲いていた。
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シラネアオイも
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オオカメノキ
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イワカガミ
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辛うじて、カタクリも ピンボケですが・・・
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ツクバネウツギ
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タニウツギ
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ユキザサ
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シモツケ?
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油コボシは下りの時に上から撮る。
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やはり、登りは問題ないが、下りでは、少々緊張する。
山頂方面を見上げ、八合目付近の登山道の脇にベタリと座りこむ。
おにぎりは食べられなく、小さいリンゴを食べ、休む。
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多分、4年前のように下りが、トントンと下りられないだろう・・・
タクシーの時間を予約していたので、ここで下山する。
下りが酷く長く感じる~~
神社のトイレで着替えたかったが、タクシーが待っていたので、
新発田駅に着いてからトイレで着替える。
新発田駅発の新潟行きは、高校生で満員となっている。
先回の「ヘタレ」を少しは縮められた。
マイペースで事故がないようにするしか仕方ない。
幸いなことに、翌日は、筋肉痛は全然無かった。
山は、もはや頂上だけが目標ではない。花も目的なのだが、
それも全てではない。「行くこと!」これに突き動かされるのだ。

【薔薇と海】

薔薇が咲いたよ!とTwitterで知り、図書館⇒マルイ(スーパー)
⇒寺尾中央公園へと出かけた。
チューリップが咲いていたサークルはすっかり丸坊主になっていた。
チューリップは3万本。薔薇は50種類と市のHPには載っている。
薔薇は、やや盛りを少し過ぎた感じだったが、それでも、様々な
色合いで綺麗だった。
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バラ園から北に眼を転ずると静かな日本海が見える。
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新潟市は中央区から西区に通じてメインのバス道路(かつては国道116)が
通っていて、この道を境に南北は土地が低くなっている。
私の家も高台に位置していて、かつては2階の窓から海が見えた。
新潟県と日本の形は似ていて、縦に長く、海に面した地域と、そこから東の
県境に面したところには急峻な山並みが聳えている。
私の産まれた町は海に近く、小学校、中学校共、海の近くだった。
この日、バラ園から見た海は特別な感慨があった。
新潟市で拉致被害にあった横田めぐみさんのお父さん横田滋氏の
訃報を知ったからだ。
めぐみさんの通学していた中学校から当時の自宅へは海に向かっていく道で、
私は隣の中学校だったけど、めぐみさんの通学路も、勿論よく通る。
広大に広がる海が拉致を知ってからは、哀しみが込み上げる海となった。
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数年前に県庁舎の隣のビルで仕事をしていた時に、
毎日、文書、郵便物の受け取りに県庁舎の1階へ通っていた。
地下通路を通り、庁舎に入り、廊下を歩くと、2階から
上の写真の和服を着ためぐみさんの大きな、大きな
写真が下がっていた。
「何もしてない方が政権批判するのは卑怯だ」と
拓也さんと哲也さんが会見で話していた。
私は何が出来たのだろうか?
ただ、ただ、哀しみに泪堪えることしかできなかった。
私の娘も西区の海沿いの場所にある中学校だった。
我の娘でなかったことをどこかでは安堵したのではないか。
「北朝鮮が憎くてならない」と言う。
かつて、横田さん家族が新潟を去る時に「新潟を恨まないで」
などど思ったものだ。不遜な思いでしかないが・・・

【途中惨敗@二王子岳】

4日に、実は、新発田市の二王子岳へ行った。
「ヘタレな登山@二王子岳」ともいうべく
話にならない、ブログにならない登山とも言えないものだった。
2016年5月22日 にはお目当ての花も見られ、山頂で
爆睡の休憩も出来て、満足だった。まだ会社にも勤めていて、
マイカーもあった。その年の11月に退職して、程なく車も
手放したりして、「毎年、この時期には二王子岳へ行きたい」と
願いつつも、諸々の事情があり気づくと4年が経過していた。
新発田駅からタクシーを利用する。これが一案だとすると
二案は、レンタカーで行くという方法がある。
何度も車では行っているので、今回は多少ともタクシーより
割安なレンタカーで行った。
駐車場が混まないように平日を選んだ。
案の定、神社駐車場まで入り込んでいる車が10台ほど。
表の駐車スペースには1台のみ。
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上部の方では雪解けが多いのか水量が多い。
林の中へ入ると、涼しい。
一合目まで歩かない場所で「ヘタレな」出来事が起きたのだ。
道に大きな岩があり、右側は大きな段差があり、渇いていた。
左側は小刻みな足を掛ける窪みがあるが、湿っている。
大きな段差よりも小刻みな方を選んだ途端、滑って尻餅を
ついた。泥濘は、起き上がろうとすると、又、尻餅をつく。
お尻と膝と手袋と泥に塗れた。
慣れない車での運転の疲れもあったのだと思う。
ゆっくりと二合目、水場の三合目と進んで行く。
最大の主目的である水場に咲いているであろう「サンカヨウ」
だが、期待は無残にも裏切られた!
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もはや花は咲き終わり、小さな実が付いていた。
上から下りてきた人(単独男性)と少し話をする。
毎週来るそうだが、水場に下りたこともなければ、サンカヨウにも
あまり興味がないようだった。
転んでも、ここにサンカヨウが咲いていたなら・・・
諦めて、上へ進むが、気力が身体から抜けた。
取り合えず咲いていた花を撮る。
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三合目のサンカヨウは終わっても、それから上に咲いているのだった。
今なら、上の花は咲いているであろう。
気持ちを切り替えて、再度、行こう!!
翌日は、太もも、そして右腕とひどい筋肉痛になった。
ではでは。

何故かヘタレな日々

世の中の動きと、雑誌・メディア・新聞等々で知り得ることで
何故か、心が折れる。ブログにも手が伸びないでいた。
だけど、心を立て直すのにも、ブログで心の澱を吐き出さないと。

ランチな日々
5月29日 古町に用があったので、途中からLINEで
「お昼行きます。席お願いします」と入れると、
本日は「牛肉ステーキとキンキの塩焼きです」⇒「お魚でお願いします」
電話を掛けなくてもLINEで便利!
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最近「コロナ太り」と言うには当てはまらないのだが、仕事を失い
暇だし、、、ジワジワと体重が増えている。
炭水化物を摂らないダイエットをしているので、ランチのご飯は嬉しい。
先夜、夜飲みしたKさんが今夜来るとのことだが、今日はランチに来たので、
又、夜飲みしましょうと伝えてもらう。

6月1日 図書館へ行く用があり少し足を延ばして、フレンチレストラン
ブラッスリー・ポー」へ行く。
一寸奮発して牛肉のランチを選ぶ
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平日遅めのランチは主婦(多分?)4人
若い夫婦(多分)そして、セレブそうな(多分)50代婦人一人。

3日、新大入口バス停前
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此処は、Sスーパーへ行く時に下りるバス停の前だ。
向かって左手は先日冷やし中華が美味しかったワープ116。
でも、本日は焼肉ランチを食べた。
結果は、私には合わなかった!
自分で焼くというのも苦手で、ついつい焼き過ぎてしまう。
ブラッスリー・ポーは値段も倍だが、やはりそちらが美味しい。
つくづく、外食ランチは和食が胃に一番馴染む。
こんな日常から脱しなければ!とよくよくネットで調べると
炭水化物(特にご飯)抜きダイエットは何の効果も無いと知った。
ご飯を食べなければ、結果的に、作ったおかずを一人分よりも
多量に食べることになる。
やはり、昔ながらのご飯、味噌汁、一汁三菜が良い。
ご飯を抜いて、おかずを多量に食べてるのはダメなのだ。
5月28日 定額給付金の申し込み書が届く⇒翌日返送した。
6月7日現在まだ入金にはなっていない。
マスクも5日に届いた。
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さてさて、心身健常化へ向けて努力しましょう(^_-)-☆
ではでは

【弥彦山@表参道】

5月26日(火)晴れ
昨年は5月7日に行っている。
ゴールデンウォーク中なので、子供連れの家族がドンドン、
後から追いつて来た。と書いてある。
今年も、もっと早い時期に行きたかったのだが、
何故かと言って、この時期に咲いている花に出会いたかった!
土日は混んでいるであろうと火曜日に行ってきた。
昨年と同じ時刻の電車に乗り、コースタイムは多少昨年よりも早かった。
歩いているのは、殆どが単独の高齢者&若い人も。
花を見て立ち止まったり、カメラを向けているのは私くらい。
ザックを担いでいない人も多く、走るように駆け上がっていく。
清水茶屋や、途中の水場に置いてあったコップが無くなっている。
私以外の人は、年に何回も登り、トレーニングとして走る抜けている。
後から走ってくる人に邪魔にならぬようにと脇によりながら・・・
でも、やはり山歩きは気持ち良い。
今日は、出来れば多宝山経由丸小山公園へ下山するコースを下りたいと
思って巻タクシー岩室営業所に情報を得ていた。
ところが・・・展望レストラン階下休憩所に着いた時には、何故か
吐き気がするような、マスクを外しても息苦しさがある。
前後に歩いている人はいなく、少なくとも2m以上は離れているので、
マスクは外して歩いても良かったのに・・・
お湯を持ってきて、カップラーメンを食べようと思ったが、食欲は
無く、ソフトクリームだけ食べる。
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佐渡は見えない
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食欲は無かったが、ソフトクリームは美味しかった(*^。^*)
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一寸ぼけて見えるが、多宝山の山頂への登りが随分きつそうに見える。
大平園地⇒多宝山⇒丸小山公園へと歩いて行けるのだが
ソフトクリームだけ食べて、具合が良くない時には無理をしないのが
ベスト!多宝山は逃げないよ!と言い聞かせて、ロープウェイに乗って帰る。
乗客は私一人。
出会えた花は少なかった(昨年5月7日に比べて)
シャガ
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ウラジロヨウラク
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ホウチャクソウ
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弥彦駅から電車に乗る時には少ない人数だったのが・・・
次に思いがけないことが・・・
吉田駅で乗り換えなのだ、此処で、何と高校生が大勢乗る!
巻駅で更に、大勢の高校生が乗る!
車内アナウンスで出口に止まっていないで中ほどに進んでくれ!
とアナウンスしても動かない。
更に、更に、内野西が丘駅から高校生が乗る。
高校生が、半日登校だったのだ。そしてこの三つの駅には高校があったのだ。
山が空いているようにと平日を選んだのに、高校生の半日下校時間に重なり
ヘトヘトで帰り着く。弥彦山・角田山は何度でも来よう(*^。^*)

【どうしょう、泣けてきた。昨日は 続いている。】

先述の記事「コロナ時代の僕ら」に関して、追伸する。
もしも、僕たちがあえて今から、元に戻ってほしくないことについて考えない限りは、そうなってしまうはずだ。まずはめいめいが自分のために、そしていつかは一緒に考えてみよう。僕には、どうしたらこの非人道的な資本主義をもう少し人間に優しいシステムにできるのかも、経済システムがどうすれば変化するのかも、人間が環境とのつきあい方をどう変えるべきなのかもわからない。実のところ、自分の行動を変える自信すらない。でも、これだけは断言できる。まずは進んで考えてみなければ、そうした物事はひとつとして実現できない。

家にいよう(レスティアーモ・イン・カーサ)そうすることが必要な限り、ずっと、家にいよう。患者を助けよう。死者を悼(いた)み、弔(とむら)おう。でも、今のうちから、あとのことを想像しておこう。「まさかの事態」に、もう二度と、不意を突かれないために。

2020年3月20日付 コリエーレ・デッラ・セーラ紙より
パオロ・ジョルダーノが心の奥深く響くのは「著者あとがき」だと先述した。
その最後の文章を抜粋で上記した。
家にいよう(レスティアーモ・イン・カーサ)
だが、
小池知事のスローガン発明の所為で「いのちを守るSTAY HOME週間」
「スティホーム」となって誰も「家にいよう」とは言わなくなった。
文化施設もオーケストラも存続の危機、歌や演劇などエンタメ業界も、その世界で食べていけなくなっている人が大勢現れている。
「ステイホーム」という一見“感じのいい言葉”で、資本主義経済の回転を止めてしまうという政策によって、取り返しのつかない悪影響が起きはじめてしまった。(某出版社マガジン)
24日朝日新聞「日曜に想う」【「言葉」に逆襲される首相】の記事より引用

万葉の昔から時は流れて、政体は民主主義へと変遷した。民主政治は血統や腕力ではなく言葉で行われる。リーダーを任ずる者なら、自分の言葉を磨き上げる意欲を持ってしかるべきだろう。

 ところが首相には、言葉で合意をつくったり、人を動かそうとしたりする印象がない。数で押し、身内で仕切れば言葉はもはや大事ではなくなるのか。国会では早口の棒読みか不規則発言。スピーチなどは「国民の皆様」と慇懃(いんぎん)だが、中身は常套句(じょうとうく)の連結が目立ち、「言霊」を思わせる重み、深みは感じられない。

 作家の故・丸谷 才一さんが14年前、安倍氏が最初に首相に就いたときに、新著「美しい国へ」の読後感を本紙で述べていた。「一体に言いはぐらかしの多い人で、そうしているうちに話が別のことに移る。これは言質を取られまいとする慎重さよりも、言うべきことが乏しいせいではないかと心配になった」

 辛口の批評だが、老練な作家の洞察力は、後に多くの人が気づく「首相の言葉の本質」をぴたりと言い当てている。

中略

そうした状況に向けて、首相は強い言葉を繰り返す。「躊躇なく」は連発気味だし、ほかにも「積極果断な」「間髪を入れず」

「一気呵成に」など色々ある。「力の言葉」を「言葉の力」だと勘違いしてはいないか。

  家ごもりの一日、版元から頂戴していた梶谷和恵さんの詩集を手に取った。

巻頭に置かれた「朝やけ」と題する3行の短詩に、いきなり引き込まれた。

”どうしよう、

泣けてきた。

昨日は 続いている”

明けゆく空を見て湧く感動とも、昨日を

リセットできない屈託とも読める。

親しい人に問うてみた。あなたならどういう情景が浮かぶか?

その人は「昨夜、もはやそれまで!と睡眠薬を多量に飲んで寝た」

朝、カーテンの隙間から射す朝日に「昨日の続きなのだ!」と

思ったという。

コールサック社のサイト新刊案内「梶谷和恵 朝やけ」から

目次と3行詩はダウンロード不要の電子ブックから見られる。

新聞記事には「亡羊の嘆」(ぼうようのたん)絵:皆川明

迷路が幾つもある絵の真ん中に大きな羊が座っている絵だ。

《「列子」説符から》逃げた羊を追いかけたが、道が多くて、見失ってしまって嘆くこと。学問の道があまりに幅広いために、容易に真理をつかむことができないことのたとえ。また、あれかこれかと思案に暮れることのたとえ。多岐亡羊。(goo辞書より)

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新大入口バス停前・清水フードセンター隣にある定食、ラーメン・カレーのお店。

始めて入ってみた。冷やし中華をもうやっていたので食べてみる。

通常のハムの細切り、金糸卵と言った定番の感じではなく、茄子の素揚げ、

メンマ等々、汁が多くて、美味しかった。

脇に付いてきたのは大根の塩麹漬け。

直に「美味しかった!」と言う。又、食べたくなる味だ。

※どうでもいい追伸

「9人の翻訳家」の映画で、囚われた9人の翻訳家たちが

犯人は自分たちを集めた出版社ではないのか?

との疑いから氏のアタッシュケースをすり替え、電車内に

ネズミを放ち、僅かな時間で、中の原稿をコピーする場面

そんなに速く何枚もコピー出来るのか?

「大丈夫だよ、日本のコピー機は抜群に速いのだから」

という、何げない場面に日本製のコピー機が登場。

引用ばかりですみませんm(__)m

【コロナ時代の僕ら】

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「今まさに読まれるべき本」「コロナ後を考えるうえでも有意義」
「感染症の科学についてわかりやすく解説されている」など、
感想を続々頂戴しています。私たちは今を、そしてこれからを
どう生きるべきか。考える助けとなる一冊です。
コロナウイルス(COVID-19)の急激な感染拡大により、EU最速で非常事態を宣言、3月10日からは全土にて外出制限を行っているイタリア。だが感染の爆発は想像を超えるスピードだった……。
イタリアを代表する小説家であり、物理学博士でもあるパオロ・ジョルダーノは、母国の混乱のさなかで何を考えたのか。世界26カ国で緊急刊行される彼のエッセイ『コロナの時代の僕ら』で綴られる切実で誠実な思索は、気づけば「コロナの時代」を生きざるを得なくなっていた世界じゅうの人々の道標になるはずだ。
日本でも緊急事態宣言が発令される今日、『コロナの時代の僕ら』に収録される著者のあとがき「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」を公開する。「まさかの事態」の訪れを拒めない僕らは、どう行動すべきなのか。感染の爆発を防ぐためにできることはなにか。そして、「コロナ後」の世界をどう生きるのか。
感染の収束を願う、すべての人に贈る。
本書は世界中の多くの人に触れて欲しいとの意志で、4月10日19時より48時間限定で公開していたが、今は終了して上記著者あとがきのみ公開されている。2020年2月25日付の「コリエール」紙に寄稿した「混乱の中で僕らを助けてくれる感染症の数学」とう記事だった。
中略
「感染症の数学」が広く人気を博した背景には、きっとそんなジョルダーノならではの、科学者の視点と小説家の繊細かつ豊かな表現力がうまく両立された著者が、記事の内容を発展させ、2月29日から3月4日までの日々の記録を兼ねたエッセイ集としてまとめたのが、本作「コロナの時代の僕ら」だ。(訳者あとがき 引用)
”文書を書くことよりもずっと前から、数学が、不安を抑えるための僕の定番の策だった。”
”感染症とは、僕らのさまざまな関係を侵す病だ”
SARS-CoV-2 は今回の新型ウィルスの名前”
COVID-19は病名”
どちらも個性に欠ける名前だ。
2003年のSARSとの混乱を避ける為CoV-2  と省略して呼ぶこととする。
一番よく使われているコロナウイルスという通称よりはずっと正確だ。
以上、文中抜粋

数学が分からい人にも凝縮して、これ以上分かり易くは出来ないという程にかみ砕いて書いている。
とかく、「感染症専門医」と称せられる人がテレビでは素人が分からない言葉や数字を述べるが
彼の言うことは非常に分かり易い。長々と書きたいところだが端折らねばならない。
本作の前に「素数たちの孤独」は文学作品でイタリア最高峰のストレーガ賞を受賞している。
若き物理学者が贈る、至高の恋愛小説  とある。
今、図書館から借りてきているが、読みたい長編が多くていつ読めるか??
数学で物事を思索する物理学者は文学作品への才能をも神は与えたのか!
1982年生まれの彼は表紙の写真からも分かるようになかなかの「イケメン」だ。
最後に「著者あとがき コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」
誰の感想でも、この章が一番圧巻!ジワジワと体の底から涙腺が切れる。
”僕は忘れたくない。今回のパンでミックのそもそもの原因が秘密の軍事訓練などではなく、自然と環境に対する人間の危うい接し方、森林破壊、僕らの軽率な消費行動にこそあることを。”
これは一部だが、彼が忘れたくないこととして列記していることは、私たちも共有せねばならない。
彼が、本書を上梓して後、イタリアはもっと感染に包まれてしまった。
彼は本書の印税の一部を医療研究および感染症の治療に従事する人々に寄付することを表明しています。
きっとこの後の経過を書くだろう、いえ、是非、パオロの眼で見た世界を書いて欲しい。


シネマの後は外飲みで

「料理屋はじめ」へランチで行った時には
カウンターで隣合った(一席離れて)Sさんと
お昼だけのお手伝いの女性と初めてにも係わらずに
親しく話してもらえた。
今、夕方は4時からしてますので、一本電話を
入れて頂ければと言ってくれた。
カウンターの眼の前の八海山の米焼酎が気になっていた。
イオンモール新潟南で映画を終えて、5時半頃に古町へ。
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炭酸で割って貰って飲む。う~~ん、美味しい!
というか、邪魔な香り、味を全てそぎ落とした喉越し。
「よろしく 千萬 あるべし」意味は
「宜有千萬」とは、中国で古くから使われている吉語で、
限りなく多くの福が得られるように」という意味の言葉です。
八海山は昔、昔の配偶者が好きで、特定の酒屋から買っていた。
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料理三品とドリンク二品で3000円のコース
「頭を二つくらい叩かれても鯵が好き」だというとお隣の方々や
マスターの失笑を買ってしまった。
カウンター左端が私。隣に少し遅れて入店したKさん。その隣によくお喋りする
?さんご夫婦。となりのKさんはやはり此処の地元に近い、私の卒業中学の
隣の中学出身で、お互い生粋の「新潟っ子」だった。
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八海山焼酎を二杯飲んだ後は、お隣に倣って常温八海山清酒
コップから溢れた酒の飲み方が、升を口に近づけたら、そうではないと
教えられた。これも二杯飲む。
あと、何か食べたのかな?
写真は無いし、記憶もない。
山菜のお浸しを食べた。
昨日、山に行ってきたと言っていた。
山とは登る山かと思ったが、そうではなく「山菜採り」が目的だとか。
隣りのKさんは中学時代に登山部があったという。
「エッ!中学校で登山部?」と驚いたが、登山が好きな先生が居て、
勝手に出来上がったのだとか。
皆さんより一足お先に失礼して古町からバスに乗って帰る。
が、いつものよく「あるある」で内野営業所まで乗っていく。
でも帰りのバスが運行している時間だったので、営業所内で休ませてもらい、
帰ってきた。帰ってくるとマスターとKさんからラインが入っていた。
ラインってどうやって入れたんだろう?
この辺の仕組みがどうも、パソコンと違って苦手なので。
翌朝、無事既読⇒返信した。何故?は次に会った時に聴くこととしよう。
お気に入りのお酒と魚が美味しいお気に入りの店が出来て良かったこと。
ではでは。

自粛打破はシネマから【レ・ミゼラブル】

シネマ日和三日目
イオンモール南まで行く。
「レ・ミゼラブル」と言えば、勿論ヴィクトル・ユゴ―の
作品を思い起こしますが、実はこの映画はヴィクトル・ユゴ―原作
で、舞台となった地で、まだまだ繰り返されることが本作で描かれている
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ビクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」で知られ、現在は犯罪
多発地区の一部となっているパリ郊外のモンフェルメイユを
舞台に、現代社会が抱えている闇をリアルに描いたドラマ。
モンフェルメイユ出身で現在もその地に暮らすラジ・リの
初長編監督作品で、2019年・第72回カンヌ国際映画祭で
審査員賞を受賞。第92回アカデミー賞の国際長編映画賞に
ノミネートもされた。パリ郊外に位置するモンフェルメイユの
警察署。地方出身のステファンが犯罪防止班に新しく加わる
こととなった。知的で自制心のあるステファンは、未成年に
対して粗暴な言動をとる気性の荒いクリス、警官である
自分の力を信じて疑わないグワダとともにパトロールを
開始する。そんな中、ステファンたちは複数のグループが
緊張関係にあることを察知するが、イッサという名の少年が
引き起こした些細な出来事から、事態は取り返しのつかない
大きな騒動へと発展してしまう。【映画.com】引用
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花の都パリとはほど遠い、犯罪多発の疲弊しきった地で、権力と結託している
警察権力。そこに赴任した新人警官はそれに馴染めずにいる。
ワールドカップ優勝に湧く街・警官の余りの横暴にサーカスの子ライオンを
盗む少年。顔に火傷を負わせられ、捕まり、新人警官にも悟られて、納得した
かに見えた。が、ラストでは少年たちの仕返しが派手に繰り広げられる。
悪は誰か?移民政策の国か?貧しさか?簡単には答えの出ない渦に巻き込まれる。
ミゼラブル⇒悲惨 ジャンバルジャンは貧しさで一切れのパンを盗んだ。
この罪から逃れる術はなかった。
日本は人種問題がないだけ平和ボケして、些細なことで虐めをすることで自分の
立ち位置の安全を確認できる。している。
自粛解除で素晴らしい映画に3本も出合えて幸せでした。
ではでは。




自粛打破はシネマから【9人の翻訳家 囚われたベストセラー】

シネマ日和二日目だ。
昨日を同じく「ユナイテッドシネマ」
6月4日まで上映。
まず、タイトルに惹かれて観た。
まずの感想は決して面白くなかった!とは言えない!
大ベストセラー三部作の完結編が完成した。
出版社社長は全世界同時翻訳発売を目指して
九か国(アメリカ・イギリス・フランス・ロシア
スペイン・デンマーク・イタリア・ドイツ・
ポルトガル)の翻訳家が大きな屋敷の地下に閉じ込められ
管理の元で厳しい生活が続く。
ところが、冒頭10ページがネットに流出、お金を要求される。
作品はパソコン、部屋の管理等完璧に守られているのだが・・・
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一人、一人調べられるが・・・
ここから映画の進行に伴って観客我々も推理が始まるが・・・
状況が時間差で現れたり、最年少のアレックスの少年時代の過去が
現れたり・・・9人の中には自殺する者、銃殺される者・・・
アレックスも打たれるが、何と・・・・
これを言うのはネタバレになるのか?
興味あったら観て下さい。
外国作品のミステリーはスマートで面白い。
以上、シネマ二日目でした。ではでは。

自粛打破はシネマから【パラサイト 半地下の家族】

シネコンも次々と上映開始されたので、観そびれていた映画を観てきた。
観そびれていた理由は、韓国映画はどうも苦手だったからだ。
自分の気持ちが向いたのは、やはりカンヌパルムドール賞受賞だった。
出来るだけ、ネット等で映画評を見ないようにして行った。
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最近、シネコンにしてもシネ・ウィンドにしても、日本の映画は観て、
ガッカリ!が多く、子供か若者向けしかないような感じだ。
是枝監督作品は以前は好きだったが「万引家族」ではガッカリで、
何がいけないのか?監督の趣向が変わったのか?俳優陣が
「好きではない」範疇にいる人たちだった。
まず「万引」に子供を巻き込んで設定したところは、やはり良くないのでは
ないだろう!!と思う。
では「パラサイト 半地下の家族」はどうだったのだろうか?
まず、一言で言えば、面白かった!!
映画から臭いが漂ってくる感じだ。ドタバタがトコトン描かれていて、
日本ではどこかにセーブが働くのだろうなぁ~と思う。
あらすじも、評判も、結末も知らずに観て良かった。
ラスト、子供が庭のテントから発信するモールス信号が圧巻だ。
「韓国」という一括りで毛嫌いするのは、もう止めよう。
劇場は空いていた。この映画はコロナ自粛になる以前から
上映されていたので、観終えた人が多かったのだろう。
市役所前でバスを乗り換える前に、久しぶりに
中国料理「広来飯店」で、豚細切りの餡かけ焼きそばを食べた。
が、以前ほどの旨さを感じない??
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「コロナ太り」という言葉以前からジワジワと体重が増えている。
なので、麺、パスタ、米飯は量を控えているので、その疚しさが
味覚にブレーキを賭けているのかもしれない。

【コロナ禍の隙間に】

9日にブログ記事を書いてからも、相変わらず、鬱々とした心に
押しつぶされそうになりながら、「自粛鬱」或いは「高齢者鬱」
なのか?問うのも自身。答えるのも自身。
そんな日常が些細なことで打破出来ればと思った。
4月18日にランチを食べたくて立ち寄った時には、玄関に
「申し訳ありませんが、本日のランチは完売しました」と
書かれていた。
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ビルの雰囲気とは異なって、玄関を開けると下駄箱があり、
入ると古民家風の設えで、カウンターがあり、足元の板の上に
薄い座布団が敷いてある。カウンターには一席置きに
「予約席」の札があり、一番端に座る。
黒ムツの照り焼き⇒柔らかくて照り具合がご飯にあっている。
ポテトサラダ・頭を取ったエビと細い糸コンニャクのエビ腸炒め。
味噌汁にはエビの大きな頭入り。ほうれん草のお浸し。
外が熱かったので、生ビールグラス一杯飲む。
「外飲み」は何時振り???
食後にはヨーグルトと珈琲これで税込み800円。
私に少し遅れて、カウンターに座った女性と少し話す。
歩いてすぐの近所に住んでいるという彼女はランチはほぼ
ほぼ毎日訪れるという。そしてなんと同じ年!
が、学年は1年違っていたが、同じ小学校、中学校だった。
西堀通や古町通も9番町や10番町くらい下になると
私の出生地、学びの地だ。
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先月号の「キャレル」にお薦めランチの店で紹介されていた。
「料理屋はじめ」ご主人は金沢で食堂を開いていたが、満を持して故郷で
開店したとのこと。魚が主だが、土曜日はお肉かお魚か選べる。
20食限定なので、完売すれば2時前でものれんを仕舞う。
電話で予約して下さいという。
私が入ったのと入替に若者男性数人が帰ったが、回数券もあるようだ。
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美味しくて、感じが良くて、お気に入りになる。
旧大和デパートの土地に新しく竣工しつつある「古町ルフル」が表側に
一部商店が開いた。
三越の中にあったパンの「ジョアン」「老舗うなぎ・和食総菜の一〆」
ドラッグストア・小千谷市の小千谷縮ファッション店・農産物直売所
「わくわくまるしぇ」ホットサンドやカレーのテイクアウトのキッチンカーも
出ていて、以前の沈んだ古町とは様代わりしていた。
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ホットサンドを売っていた女性は明るくて、美人で、撮っていいですか?
と尋ねると微笑んだけど、ちょっと奥まっていたので、暗くなった。
わくわくまるしぇはそこそこ、地場産の野菜やお弁当なども売っていた。
市役所が移転してくると、何人?でしょうか、職員が大勢働くので、
ランチ時間、退所時間など賑わうのかな?
コロナ禍の隙間にはこうした楽しみを挟んで暮らしたい。
IONOはブランド名で小千谷縮で作られたワンピースや上着、団扇、
ショルダーバッグ等々、みんな素敵だ。
ワンピースなど恐る恐るプライスを見ると、10万円を超えていた。
私にはユニクロのリネンのワンピ¥4389で良い(^_-)-☆
ジュンク堂も月⇒土と時間短縮で開いて、書店にいると時間を忘れて
私の悪しき性癖「本は買っただけで、読んだ気になる」に罹患しそうだ。
でも、コロナに罹患するよりはまだマシというものだ。
私の行動履歴はせいぜい、西堀通⇒古町通⇒ジュンク堂⇒図書館
こんなところだ。
朝日新聞DIGITALの記事で「近頃のカタカナ語は許容できる?
5月2日の新聞に載っていた。
はい⇒28%  いいえ⇒72%
はいの人⇒翻訳すると雰囲気が伝わらない 211人
はいの人⇒新しい外国語の事例をすぐに表せられる 201人
いいえの人⇒意味がよくわからずモヤモヤする
いいえの人⇒漢字やひらがなで翻訳すべき
いいえの人⇒気取った感じでイライラする。
今回の騒動が全世界の出来事なので、どうしてもカタカナ語が
汎用するのだろう。だが、そこに小池都知事の存在が大きい!!
なんといっても「クールビズ」を広めた人だ。
「スティ ホーム」なんて言わなくても、おうちにいましょう!
外国語に堪能でない、単なる僻みでしょうけど。
税務署で仕事している時に、狭い間仕切りで仕切られた場所で
編てつの共同作業をしていて「私たち濃厚接触者だね」と
言って笑っていたが、今年の流行語は「濃厚接触」にしたいと一致した。
もう一つ気に入った言葉が「行動履歴」だ。
何時に何処へ行ったか、誰と話しをしたか・・・
メモメモ( ^ω^)・・・
ではでは。

【新潟市コロナ情報】

勤務から解き放たれてから9日が経った。
あれもしよう。これも取り掛かろう。
と、絵に描いた餅のようになってしまっている。
ニュース・報道番組(NHK他民放各社)を見届けておかないと
心がザワザワして「コロナ確認病」に罹ったようだ。
この時世にコロナに耳を塞いで、何に打ち込めるというのか?
闇からの声にザワザワする。

新潟県はどうなっているのだろうか?
新潟県のHP⇒「新型コロナウィルス感染症について
⇒【新潟県内の報告一覧表】がPDFで出てくる。
ローカルニュースでは毎日の感染情報を言っているが、夕方の為
じっくりと聴くことは少ない。
今更に新潟県内の感染の状況を見てみた。
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一覧表を見ると、意外に少ないと思ったのが長岡市だ。
我が西区は20歳代男性学生とあるので、新潟大学があるので其処の学生かな。
問題は北区で4月17日迄は0人だったのが、17日 70歳代1人から始まって
21日 80歳代2人、22日80歳代1人、23日70歳代1人、24日70歳代1人
26日90歳代1人、70歳代1人、5月1日50歳代1人、70歳代1人
8日60歳代1人、70歳代1人、30歳代1人と続いていることに関して
新潟総合テレビ(5月1日)では、複数の人がお茶飲み、カラオケに「近所の集まり自粛に」
とニュースで言っていた。知らない人が多数の場ではなく、見知った近所、親戚中であっても
三蜜状態を危惧しないでいて、結果14人も感染してしまっている。
開いているからと車に乗ってパチンコ店へ出かけてしまう人は感染リスク感は無く、
完璧なキャンブル依存症と思う。お金を注ぎ込んで、時間を使って感染リスクを背負っても
それが気晴らしになり、行かずにはいられない依存症そのものなのに。
ギャンブル依存症はもっと、積極的に、治療の手が伸びなければならないのでは?
日本は個人の自由という名の元に、「悪」「病」と知りつつ放置する。
法では規制出来ないという。自粛休業要請を無視する店があり、県境を跨いで行く人が
いる日本。平気で花見後にゴミを捨てて行く人。そんな人に対して甘いのではないのか?
すぐ、他に責任転嫁する政治家集団だから、甘いのか?
こんなことを考えていると、自分も卑下したくなってくる。無力な私は同罪だ!
土曜日TBSラジオで「久米宏 ラジオなんですけど」を聴く。
本日の放送で、昨年8月にインタビューした内容の再放送だった。
今は専門家会議副座長の尾身茂氏だった。
大学の選択、最初は慶応の法律へ外交官になりたくて進んだが
医師になりたくて、自治医科大学に、お金がないので進んで離島の医師から
出発したと現在に至る経緯を話した。細見にも係わらず剣道をしていたとか。
テレビで見ると、どうみても老けて見えたのだが、同年齢と聴き、驚く。
「感染症は忘れた頃に必ず来る」と語っていた。収束したといって安心はできない。
やはり「生き方」を変えなければならないのだろう。
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ザワザワした心を慰めてくれるのは、久米宏のラジオ、心落ち着けて読む書物かな。
【コロナ禍に 苛まれても 夏きざす】  

【猫を棄てる 父親について語るとき】

【猫を棄てる 父親について語るとき】 
先日、ジュンク堂へ行った折りに、エッセイのコーナーで
調べたい本があり、ゆっくり眺めていた。
「猫」「父親」「村上春樹」という三つの
キーワードのこの本は11.5cm×18.0cmで厚さも1cmしかない。
この本の出版の知識は丸でなかったが、久しぶりの村上春樹のエッセイだ。

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5月1日の朝日新聞の三面下に大きな広告が掲載されていた。
もし、ジュンク堂で出会えなくても朝日新聞DIGITALで知り得た。
この広告の右下には「村上春樹『猫を棄てる』感想文コンテスト」開催中
と書かれてありQRコードが載っていた。
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これまで、自身の家族についてほとんど言及することが
なかった村上さんですが、今回、父親の従軍体験、
幼少期の自身と父親との思い出、そして青春時代に起きた父親との
行き違いなどを綴ったノンフィクションが一冊の本になりました。
先ほど、応募したが、15,810件目だった。Twitterにリンクを貼ったので、そこからも読める。
自分の備忘録として書いただけだ。
読書メーターも、webサイトでの自分の読んだ本の感想文を載せることが出来る。
その前に、便利なことは書名を検索して掲載されている感想を閲覧できる。
Twitterも文字制限があるが、読書メーターも文字制限がある。
250文字以内だが、私はついつい、ダラダラ長く書く癖があるので、制限があるのは良い。
もはや、ノートに手書きで読書感想文は書けない。かつて、もっと、もっと若かった頃には
読書感想文を熱心に書いていた。
先ほどの文藝春秋の先にリンク貼った頁は「note」と言って読書感想文のみならず、色々なコメントが
発信できる。プロフィールや写真も載せられる。ブログやTwitterの他に手を出すと大変なので取り合えずは
「猫」の感想文だけ載せた。
冷蔵庫に萎れそうになっていた蕪と賞味期限がきそうなベーコンでコンソメスープ煮
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【個々が固守すること】

ついつい、報道番組に釘付けになってしまっている。
私のような半分隠遁したような老婆にとっては、
暢気に庭の草取り(昨年も5月の手帳見ると「草取り」と
毎日書かれている)でもして読書に打ち込めばよいものを!
ザワザワした心の不消化が身体を硬くさせている。
既にSNSでは様々な意見が出ているが、どうしてもザワザワした問題。
①⇒休業要請が出されているのだから、休業に沿わなくても罪や罰金に
問われないとして休業しないパチンコ店に「開いているのだから、
行って何が悪い」と言って、押し寄せる人々。
②⇒緊急事態宣言で開山が延期され、立ち入り禁止になっている。
県警日光署によると、男性は電車とバスを乗り継いで現地に入り、
2日午前7時ごろ日光二荒山神社にある閉門された登山口の脇から
登山道に入り、頂上まで登った。下山途中に道に迷い、知人女性を
通じて救助を求めた。足を滑らせて靴が脱げ、靴がないまま1時間ほど
残雪の中をさまよい歩いたため、両足に軽い凍傷を負ったという。
救助活動は標高2200メートル付近の上空でヘリコプターがホバリング
(空中停止)し、遭難した男性をつり上げて機内に収容したという。
男性は反省の言葉を述べているという。(朝日新聞 DIGITALより)
立派なことなどしなくていい。その人がどんなに見識の高い人かは関係ない。
なぜ、基本的なこと、してはいけないことをしない!というところで
踏みとどまれないのだろうか!
罪人という意識すらない「あなた」に石礫を投げることは、私にはできない。
でも、無防備な休業違反のパチンコ店に入ることを躊躇してほしい。
開店しているパチンコ店があっても入る人が誰もいない。
そんな状態が日本で起こって欲しい。
「禁止」という場所への立ち入りを決行する「あなた」の気持ちは理解できる。
迷惑はかけない。眼の前には海がある。眼の前には山がある。
結果的に、「あなた」は海で溺れた。
「あなた」は道迷いをしてヘリで助けられた。
「あなた」は「わたし」だったかもしれない。
ザワザワした気持ちはこうしたニュースに接する時なのだろう。
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尊仏山荘で育てられていたみー君
這い蹲って写真を撮った。
2013年2月、もう高齢の「みー君」
みー君が生きている内にと、この後、続けて何回か行った。
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丹沢山からの富士山
今は写真を眺めて、我慢我慢!
4月で購読していた地元新聞を辞めた。
朝日新聞DIGITALに替えた。
紙面の表示等、まだ慣れない部分はあるが、紙をザワザワ広げなくても
良いし、過去の紙面や地域版も他地域も見られるし、便利!
そして、今は二か月分無料。

【お疲れ様&お世話になりました】

21日から4日間在宅勤務ということで自宅待機。
25~26日と家に居て、27日には久しぶりに職務復帰。
この日は我が、eーtaxチーム3名が揃う最後の日となった。
28日は一人で、仕掛りのファイリングが途中で終わりたく
ないので、一人を良い事に15分残って仕事した。
そして30日には二人で仕掛りを終わらせて終了となった。
毎日、午後2時には4階から職員の「小林聡美さん似」のIさんが
お菓子2種持ってきてくれる。
帰る前には本日は郵送チームの部屋で一緒に、丸屋本店青山店独自の
「青山プリン」を食べる。更に、紙を扱う仕事で、手荒れが酷いので
ハンドクリームが減ったでしょう!とのことでハンドクリームと
ミニタオルセットを頂く。
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個人所得税の4階へ退署前に挨拶して帰る。
朱鷺メッセでの確定申告PCサポートから始まり、税務署へ移り
書類の整理と2月12日から4月30日までの仕事期間は
永いような、過ぎてしまえば短いような・・・
税務署の人たちは短期非常勤職員にも親切だった。
4月が終わり、何処も出かける予定もないまま5月に入った。
昨年の5月1日は令和元年ということで長野 善光寺へ行った。
一昨年は4月29日~30日に単独でドンデン山荘泊まりで
佐渡へ行った。2017年は角田山や弥彦山へ足繁く行った。
2016年5月3日~5日と奥秩父の笠取山や雁坂嶺など二泊で行った。
4月で仕事を終えたら、山に行こう!などと暢気に思っていたが、
山と言えども、道中、山小屋など三密の状況になるので自粛せねば。
NHK「山カフェ」でこの連休、それ以降も山小屋の休業の話をしていた。
尾瀬は2020年は全部休業。八ヶ岳やその他の北アルプス等も連休は休業。
石丸氏も、山は広いのだから三蜜ではないと思っていたけど・・・
と同じようなことを言っていた。
ライオン.JPG
NXT前に移されてから白いシートにくるまれていた「三越ライオン」が
シートを外されて、台座は低くなり触り易くなり24日に除幕された。
ライオンの顔をよく見つめると、気のせいか、老境に達したような顔付きだ。
5月からは土日、祝日関係なく、毎日が日曜日(Sunday毎日)なのだが、
今はまだ、休日だから・・・と言い訳してダラダラした日々を過ごしている。
買物が散歩にもなる。久しぶりに寺尾中央公園へ寄る。
桜は終わり、今はチュウリップが満開だ。
寺尾公園1.JPG
寺尾公園4.JPG
これも桜なのだろうか?色が濃くて、ボリュームがあり
見ごたえがあった。
5月以降の日々の過ごし方、何かをコツコツやらねば!と
思っている。日々進行する老いに逆らうべく、読む、書く、歩くと
三蜜ではなく、三励とせねば!

【最果タヒを体感する】

夜空は最高密度の青空だAmazonprimeで観た。
劇場公開で観たのは、もう2年前の7月だった。
池松壮亮は好きな俳優だし、石橋静河は俳優夫婦の娘で
本作品がデビューだとか。だが、なかなか芯のある演技で
看護師をしながら、ガールズバーで働きながら懸命に
生きている様子が上手かった。
石井裕也監督が詩だけの原作で、これだけの世界を
描けたのは、凄いな!と思った。
その時には、図書館で原作を借りて読んだのだが、
再度、最果タヒの謎の世界を知るにつれ、図書館から何冊か
借りた。が、詩とは「読んで終わり」ではない。
それは、言葉を身体で体感することだ。
詩集や日記文学は手元に置いて、時々、その言葉の
海に埋まることなのだ。
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最果タヒは誕生非公表。
顔出しはしない。2年前に映画の原作詩として知った時には
余り、興味は湧かなかったのだが、先日NHK「ストーリーズ
確かに、書かれた文字だけではない様々なシチュエーションで
詩が散りばめられている。
1986年生まれだけは公表されていた。
もっと、若い(20代)かと思った。
京大を出ていて、隠された顔を想像するに、それなりに美しいと
思うのだが・・・
名前とか顔とかで書かれたものが判断されるのが嫌だとか。
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「きみの言い訳は最高の芸術」は詩ではなく
エッセイだ。エッセイや詩には難解はない。
彼女の世界はとうに私が失った世界が広がっている。
購入した三冊は時に開いて、何でも良いので
言葉を眺めたい時に広げよう。