「光の雨」

暇な時間などないはずなのに、例えばパチンコ好きの男がフラットつい、入ってしまうように、忙しいやらねばならない事を多く抱え、時間がないと嘆きつつ、ついついレンタルビデオ店に入ってしまう。
新着コーナーには眼もくれずに(というのはたいてはレンタル中になっているので)奥の邦画の少々前のDVDを隈なく眺めていると、思わぬ作品に出会うものである。
「光の雨」はそんな中の一本だった。

立松和平氏と言えば、ほぼ同世代の作家で、「遠雷」で野間文芸新人賞を受賞され、その映画も面白く観た。

今盛んに言われている「団塊世代」の旗頭のような氏は山登りをする作家として「岳人」で、「日本百霊峰巡礼」を登り、ルポしている。

そんな氏は「全共闘世代」でもある。

少し前には、「浅間山荘事件」を題材にした映画が上映されていたが、この「光の雨」は、全共闘の戦いを描いたのではない。
時代は現代。

かつての”全共闘世代”の監督が監督第一回作品として立松和平「光の雨」を映画化することになる。
オーディションで若者達を集める。
映画の中の若者達と同年代の今の若者達は勿論リアルタイムでは「全共闘」は知らない。
が、映画の中の人物を模索している内には彼らの戦った”もの”が見えるような気になってくる。
映画の中の映画製作と、演じられる物語とが同時進行で進められていく。
場面は、山岳アジトでの「自己批判」と「総括援助」と称して、仲間内での殺人が行われていく。
次の場面では、演じている若者の現実の当面している内なる問題が提起される。
片や、監督の元へ同士と名乗る不明な手紙が届く、撮影は進む。
が、或る日監督は失踪する。
映画は続行されるのか?・・・
メイキング撮影を任されていたやはり映画監督の若者が失踪した監督に代わり映画製作を完成させる。

立松氏の原作本は出版社では絶版となっている。
雑誌連載中には、実話資料等からの盗作騒ぎで一時期、連載は中止されたとか。
改めて書かれたものが出版されたのだとか。

私は、立松氏の小説は余り読んではいない。むしろ、前述のように山登りする作家としてのコラムとかエッセイ、テレビのルポ番組のキャスターとしての方に親しみを感じていた。

図書館に予約して手にした「光の雨」の原作は中身を象徴するかのように黒い装丁で分厚くて、読み遂せるのだろうか・・・
でも、何故か見過ごしに出来ない同時代の者としての関心はある。

「自己批判」「総括」という二つの言葉。
最近、別の場でよく耳にする。
会社でISOの更新のデータを作らされた時にも「総括」などという言葉が有ったが・・・

父の病院へ行く。

行くとにこやかな笑顔するのが救い。

ホタテとイナダの刺身。京都から買ってきた味噌漬け。大葉とゴマ、山椒のチラシ。
画像


光の雨 特別版
光の雨 特別版 [DVD]

"「光の雨」" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント
認証コード:[必須入力]

※画像の中の文字を半角で入力してください。