【黒い画集 ある遭難】

NHKラジオ第一 毎週土曜日「山カフェ」という番組がある。
リアルタイムで聴けなくても、後日「聴き逃し」で聴ける。
先日、6月27日は「映画で旅する山」というテーマだった。
「山」が出てくるものは、劇場で観て、レンタルで再度観てと
いう感じで一回ではきかず観ている。
「剱岳 点の記」「岳」「エヴェレスト 神々の山嶺」
「春を背負って」旧いところでは「聖職の碑」
最近では異色の外国映画「イーディ 83歳 初めての山登り」など。
そんな話の中でゲストには、1986年公開の映画『植村直己物語の主演を
した話などで、西田敏行氏が出演していた。
この映画は観ていない。
マスターの本棚というコーナーで、松本清張「黒い画集」に
収められている「ある遭難」の話をした。
松本清張は映画化されると大抵は観たくなるのだが、初めて聴く。
早速観た。
ある遭難.jpg
















劇場公開1961年(昭和36年)で出演者で分かる人は
最初に遭難してしまう岩瀬に児玉 清
岩瀬の従兄で槙田に土屋 嘉男 
弟の遭難に疑念を抱く岩瀬の姉役で香川京子
物語は、銀行に勤務する3人
A銀行支店長代理江田をリーダーとする浦橋、岩瀬三人の
パーティは、鹿島槍で遭難、岩瀬は黒部渓谷に命を失った。
浦橋は友の冥福を祈ってこの悲しみを雑誌岳人に詳しく書いた。
岩瀬の姉真佐子は、素人らしい素朴な疑問を抱いた。
初心者の浦橋が無事で経験者の弟が倒れたということである。
真佐子は従兄の槙田二郎に雑誌岳人と自分の意見を書いて送った。
槙田は山のエキスパートで、山に登りたいためにわざわざ東北の
会社を選んだほどの男である。真佐子の疑問を一笑に附したが、
岳人を読んで顔色が変った。それから槙田の活躍が始った……。
槙田に誘われた江田と二人、雪に埋もれたコースを「岳人」掲載通りに歩く。
当日は江田は身銭を切って、寝台車を使い、前夜の寝不足に
ならないようにした。ところが、歩き始めからゼイゼイ息を切らし、
ザックを下ろして休む岩瀬。
扇沢から柏原新道を爺ヶ岳経由で行くコースではなく、
大谷原から1時間ほど歩いて、西俣出合から急登を登る。
槙田と江田はアイゼンで雪渓を切りながら登る。
高千穂平に出ると槙田は、浦橋の手記からここまで大町の
鐘の音が聞えたのはすでに天候が悪化する前兆だったと言い、
気象台で一週間前に出す長期予報にも低気圧がここを通ることが
記されているのに--という槙田に江田はそっぽを向いていた。
遭難は布引岳の頂上から北槍に向う途中に天候が激化、
八峰キレットを目前に引き返したが、牛首山へ迷いこんだのが
五時、疲労困憊の岩瀬を浦橋に頼んで江田は冷小屋に救援を
頼みに出たのだ。冷小屋到着は七時、救援は翌朝になった。
その間に岩瀬が恐怖に気が狂い崖下に転落したのであった。
DVDを見ながら地図を観ていると、切実感が迫ってくる。
そういう江田に、山岳の専門誌に鹿島の北槍から冷小屋に向う時は、
牛首山に迷いこむ危険性があるから注意するように書いてあるのを
あなたは知っていてやったのだ、と槙田はきめつけた。
すべてが偶然の可能性に基いているが、そこに作為が
動いている場合は犯罪である。
冷小屋へ戻る時に「南峰」と牛首尾根との分岐には、今の地図にも
「悪天候時、牛首尾根に迷い込まぬように」と赤字で書かれている。
槙田は寝台車で何故熟睡が出来なく、疲労に追い込まれたのか?
週間予報では荒天が予想され、大町からの鐘が聴こえた時点でも
予想するに十分だった。全てが巧妙に仕組まれた遭難としか思えないのに、
動機が分からない。何故、江田は岩瀬を殺人に見せずに遭難させたのか?
動機が分からないまま、槙田と江田は下山する。
江田は槙田の足下に亀裂の罠を作り、動機は妻と岩瀬の姦通に
あったといった。だが、それを知った槙田は足下が崩れて崖下へ
落ちていった。死体は来年でないとあがらない。
にやりと笑う江田は上を見て息をのんだ。
槙田の落ちる音に、雪崩が誘発されたのだ。
江田の頭上に雪崩が・・・
映画の詳細を知らぬまま観ると、私たちも動機が分からないので「何故?」と
いうと問いを抱いたままだ。結局、岩瀬と妻への復讐の為に江田、槙田、岩瀬と
三人が鹿島槍ヶ岳に消えた。
話は違うが、若い頃の香川京子は頬が少しふっくらして本当に可愛い綺麗だ!
岩瀬役の児玉清は私にとってはNHKBS「週刊 ブックレビュー」の
司会が印象的だ。土屋嘉男は良い味を出している俳優そのままだ。
松本清張「黒い画集」には他に数篇収められているようだ。
動機は最後まで推理できない。殺人に至るひとつひとつのステップは
それと察しされない緻密さで実行されてゆく。
石山謙二郎氏が「山に関する映画の特集」があると仰ったが
この時世だから日にちはまだ、未定?開催も未定?なのでしょうか?

鹿島槍ヶ岳は初登頂は山の会に入ってまもない頃だった。
当時、NHK BSで「日本百名山」放送中だった。
岩崎元郎氏が親しみやすい感じで、氏のテレビを観ていると
自分でも登れるような錯覚に上手く誘われてしまう。
その岩崎氏と冷池山荘前で会った。一緒に写真を撮り、
それが縁で3~4回ほど手紙のやり取りを氏と交わした。
良い、昔の思い出だ!
二度目は単独で行ったが、お盆休みで、扇沢への道が混雑していた。
辛かった思い出がある。