【フェデリコ・フェリーニを偲ぶ】

殆ど、家、いえ家というより部屋に閉じこもっている
高齢者の「戯言(たわごと)」だが、戯言でも発信する。
受信はラジオ・ネットニュース・ネットTwitterやblog。
テレビに対しても未練は全くないとはいえないが、
99%はいらない。読書時間と睡眠時間は貴重なので。
そんなラジオからの情報で本日(31日)から
恵比寿ガーデンシネマで「フェリーニ映画祭」が開催される。
私としてはフェリーニと言えば「道」
「道」と一言耳にしただけであの、ジェルソミーナの顔と
ザンパノと呼ぶ声が浮かぶ。
TBSのラジオ番組で聴いたのだが、各自がそれぞれ観て
感想を語り合うらしい。
何故今、フェリーニ?生誕100年だそうだ。
勿論、私は恵比寿まで観には行けないが、昨夜Amazonで
「道」を見た。こうした白黒でも、旧い映画には何回でも
観たい作品というのがある。邦画で言えば「泥の河」のように。
生誕100年とうことは・・・明日は私の亡父の生誕98年と
なる。左程年齢が変わらないのだなぁ~
この監督にしてこの女優!この男にしてこの妻!デスネ(*^。^*)
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【お願いだから ラーメン屋でコルトレーンを流さないで】

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レコードを売った時に、上記のようなジャズのムックも
売れますがどうしますか?
と、問われたが、そう言われると、久しぶりに
チラ読み、サッと読みしたくなり売らなかった。
さっそくチラ読みすると、田中哲文氏のエッセイが
面白かった。田中哲文氏は作家というが、今までは
とんと縁がなかった作家だった。
ホラー・ミステリー・ジャズ関連の作品が多い。
で、田中氏は或る日、ラーメン屋に入ると
かなりな音量でジャズが流れていた。
嫌な予感がしてきた。豚骨ラーメンがバリカタで
注文通り期待感満載で運ばれてきた時に、
コルトレーンの「カズン・メアリー」が流れた。
通常のジャズ喫茶に入って、この曲が偶然流れたなら
「ラッキー!!」なのだが・・・だが、だが、ここは
ラーメン屋なのだ。ジャズを聴き入る耳と
豚骨ラーメンを味わう舌は共存しない。云々・・・
以前の体験でもその店で激怒したという。
田中氏曰く、コルトレーンほどラーメン屋のBGMと
して似合わない曲はないと延々と語っていた。
昨今は、ラーメン屋に限らず、ちょっと上品な和食の
お店のランチに入ると聞きやすい静かなトーンの
ジャズが流れていることが多い。
間違ってもコルトレーンは流れない。
それはそれで、和の店にもマッチしている。
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右側の「ジャズの巨人」は2015年にジャズ100年企画PART2として
小学館からCD付きで発売されたもので、「コルトレーン」
「ビル・エヴァンス」「マイルス・デイヴィス」「バド・パウエル」
だけ買った。時々眺めるだけで楽しい。
西大通りとの角地に舗装されていない、ロープで仕切られただけの
駐車場の一角に猫がいた。立ち止まり見つめると眼があった。
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「こんんちは」と言うと、首を後ろに向けて「ニャ~」と言う。
丁度、私に向けて「ここが、ボク(ワタシ)の家だよ」と
言っているよう。手でオイデ~オイデ~すると安全距離まで近づいてきた。
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今日は、新潟市も朝から大雨だった。
約束の所用があり、8時過ぎに出かけたのだが、失敗だった。
キチンと先日買った長くつにレインコートを着ていくべきだった。
6月から色々と所用が重なり、弥彦山・角田山すら行けてない。
そんな私の焦りを雨は鎮めてくれているかのようだ。
山小屋泊まりも、躊躇するものがあるし・・・
インナーシーツやら夏用シュラフやら持参しなければならないのか?
先日の引っ越しでシュラフ諸共処分したのに・・・
やはり、ここで思考は停止してしまう。
電車の音を聴いていると、目的などなくて良い。
始発駅から終着駅までただただ、電車に乗ってみたい。
「ペスト」が進まない。思考の停止は活字をも消化不良にさせてしまう。

海へ

弥彦山から見える光景とほぼ同じだと思う。
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手前の黒いのは隣家の一階屋根。
ガスタンク?は何処かな?
アンテナの下当りが駅。
列車が入る音、出発する音は、旅こころを揺すられる。
そして、今までの家は北方面に海が臨めた環境だったが、
今部屋から遠望できるのは粟ヶ岳や守門岳方面だと思う。
一つ一つのピークは??ですが。
まぁ、狭いけど、山が見えるって初めての住まい。
さて、昨日の「海の日」は天気が良くなかったので、一日自粛だった。
今日は、海を目指して、新大正門の脇をひたすら下る。
ずっと下ると小さな公園があり、バス停の名前にもなった
新しい団地が出来て、今風な造りの家が立ち並び、全ての家に
マイカーが大人しく停まっている。
或る施設がリニューアル移転したとのことで、場所は
小さな公園があるので、それを目印に行くと良いと言われた。
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公園を確認して、施設も確認できて、更にすぐ近くの教会も確認した。
実はこの辺に教会があるのは知っていた。
何故、この教会を知っていたかと言えば・・・
クリスチャンプレスは、国内外で起こったキリスト教関連のニュースを
分かりやすく、深く、速く伝えるニュースサイトです。
このサイトによると、新潟在住の時に、めぐみさんが拉致されたと
思しき翌年にめぐみさんと同級のお母さん二人から聖書を薦められ、
めぐみさんが二十歳になった年、1984年にこの教会で受洗されたそう。
滋さんはまだ、ふっきれなかったが東京へ行ってから洗礼を受けたそうだ。
「めぐみさん死亡」と聞かされた横田夫妻の前で放った言葉、
石井妙子『女帝 小池小百合』文藝春秋
書籍」のリンクで掲載されている。
女帝本は小池人気ゆえに読者を伸ばしているのか?
どこかすっきりしない小池氏の隠れた本音を探りたいのか?
何故、この記事が掲載されたのか、小池百合子の最後に呟いた言葉を確認して欲しい。
「拉致」された被害者の横田夫妻が居る所でその言葉を放つことが出来るのか?!
記事掲載者の雑賀信行氏へのリンクもあるので確認して欲しい。
自己がどう見えるかだけが重要で、心底からの痛みは微塵も感じられない。
こんな人に日本のトップにはなってもらいたくない!

いろいろ思い出すと思考は停止してしまった。
R402に出て、横断歩道を渡り、砂浜を歩くと、浜辺で家族が水遊びをしていた。
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暫し、海風を受け、R402に出て、そのまま来た道ではなく、西総合
スポーツセンターに出て、西大通りからスーパーで買い物をして帰宅。
この日の歩数は10576歩
歩く時にはスマホの万歩計をonにして歩く。
マイカーを使わないので、万歩計の歩数は、歩いたご褒美だ(^_-)-☆
相変わらず思考は停止!!でも、お構いなしに左腕の秒針は規則正しく
私の脳をツンツン叩く(*^。^*)

【エラ&ルイ】【キース・ジャレット】【ビリー・ホリデイ】などなど・・・

2階の各部屋の整理も大詰めにきた。
さて、眼を洋タンスの上に眼を転ずると、段ボール一つ。
踏み台に乗り、降ろそうとすると、何と!重い!
丁寧に降ろすと中身は想像もしていなかったものだった。
もう、とおの昔に処分したと思いきや
そこには平積みにされているレコードが永年の愛想なしにも
拗ねたりせず、じっと蹲っていた。
プレーヤーは勿論いつ処分したのか定かではない。
近所に「何でも買取ます」という店が開店したので、
行って、レコードを引き取ってもらえるか?
聴くと、持参してくれれば、ゼロ円で引き取りますとの返答。
はて、さて???
そうだ、昔、中古レコード店というのがあった(^_-)-☆
今も西堀ローサの上手端に営業している。
中身は平積みにも係わらず劣化はしていない。頑丈なものだ!
2枚並べて、どんどんスマホで撮る。
そこで、ローサ内、中古レコード店へ出向く。
御主人にスマホの写真をさっと見せると、明日か明後日
もう一人いる者との時間を調整して、伺いますとのこと。
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ジャズが殆どだが、クラシックも数枚ある。
上記写真はごく一部。
翌日にやってきたK店のK氏は、軽自動車に乗ってやってきた。
気さくな方で、自分の姉が団塊の世代で、その年代の人が
1980年代頃に一生懸命にレコードを聴いていたという。
K氏は私より10歳若く、どちらかと言えばロック世代という。
一枚、一枚眺めながら、ジミー・スミスの黒猫のジャケットは
「懐かしいなぁ~」などと言っていた。
エラ&ルイや、ビリー・ホリデイ、キース・ジャレットなどなど
懐かしい、懐かしいと言っていた。
「ケルンコンサート」は語るに語れない、或る人との思い出が詰まった一枚だ。
MALTAはたまたま新潟でのコンサートのチケットをジャズ喫茶マスターから
貰い、聴きに行き、同年齢ということで、楽屋を尋ね、其処に居た
マルタ君と同級生の人(夫の転勤で新潟に来たばかり)とその後
お付き合いが続いた。
全24枚の内、主に、クラシックやジャズの一部11枚が¥〇〇〇円
13枚は全部で¥〇〇〇〇円となった。
ジャズでも、ブルーノートだと、一枚、一枚もっと値が張るのだという。
「買取屋」にとってはゴミ扱いだったが、ジャズの中古レコードは
今でも需要があり、愛好者は要るのだという。
レコードの存在を忘れた頃には、キースや、コルトレーンや
ビリー・ホリデイなどはCDで聴いている。
チェット・ベイカーは晩年、公会堂でソロコンサートで行った。
このコンサートに行かなければ、レコードは聞かなかったなぁ~
「物」には体験と思い出と「わたし」が身に着けたものの
「吹き溜まり」が詰まっているのだ。
高齢者とは、過去の思い出を引き摺るには脳内が重すぎて、
一つ一つ脱ぎ捨てていくしかないのだろう。
種々の整理や手続き等々で、なかなか「ペスト」が進まない( ;∀;)
先夜、夜飲みをした「料理屋 H」さんのS氏から花火の動画の
「暑中お見舞い」のLINEが届く。
いろいろ落ち付たら、又 夜飲みに行きたいね~

【断捨離? 終活?】

永年住み慣れた家を出た。
まぁ、私の家とはいえなくて、実家に居候になっていた状態だった。
9室ある家を単身で住み、維持するのは大変。
最近は加齢による衰えを如実に痛感しているし。
昨年12月に母は95歳の穏やかな老衰で天寿を全うした。
引っ越しは、断捨離であるし、終活の一端ともいえる。
取り合えず、狭い部屋における量、単身で必要な最低限のものを
選び、とりあえず移動して、その後に2階の5室に溜まりに
溜まったものを種別してゴミとして排出する。
家からゴミ捨て場までの台車も買った。
ゴミの分別、廃棄はかなりの肉体労働だ。
階段を搬出の為に何度も、何度も行ったり、来たり・・・
ひと月は優に掛かった。
今までは洋裁用の大きなテーブルをパソコン台として使っていたが、
小ぶりのパソコン台をニトリのネットで注文すると注文がいつに
なるか分からないと言われ、コメリへ出向くと、品薄とのこと。
やはりリモートでパソコンデスクは出ているのだろう。
ようやく手ごろな価格のパソコンデスクが届いた。耐荷重50kg
安定感があり、ミシンを乗せても大丈夫だ。
私の在宅勤務?もこれでOKだ。
この部屋を、私は一人「独房」と名付けた。パソコンとラジオ(CDも聴ける)
キッチンも狭く、冷蔵庫も小ぶり。お風呂と洗濯機だけは大きい。
テレビは無し。テレビに噛り付いていた日が嘘のように、乳離れが出来た児だ。
ラジオはパソコンで聴く。
改めて、ラジオに聴き入っていた10代、20代を懐かしむ。
読書も何かと気ぜわしく遠のいていた。
が、これからは子規のいう「書に倦む」ことなく、手に取ろう。
山の道具、洋服、本棚を次々増やしていった本たち・・・
正に「断捨離」だ。
コロナ禍になってからはスワンからも足が遠のいていた。
7月からはライブも客数を減少して再開したようだ。
私はやはり罹患が怖いので、しばらくは自粛する。
が、本日は古町に用があり、珈琲を頂きに立ち寄る。
美味しい珈琲を飲むのも久しぶりだ。
和子さんが、猫ちゃんを抱っこして2階から下りてきた。
スワンのサイトには何故か?
ねこ」だの「ふくろう」だのといった頁があるのだ。
御主人に抱っこしてもらってもう老嬢の猫ちゃんをパチリ
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この子も高齢者だそうだ。
カウンターのお隣の老紳士は「俺は明日入院だ~~」
と珈琲を啜りながら呟いた。
ではでは、独房日記は又。

【黒い画集 ある遭難】

NHKラジオ第一 毎週土曜日「山カフェ」という番組がある。
リアルタイムで聴けなくても、後日「聴き逃し」で聴ける。
先日、6月27日は「映画で旅する山」というテーマだった。
「山」が出てくるものは、劇場で観て、レンタルで再度観てと
いう感じで一回ではきかず観ている。
「剱岳 点の記」「岳」「エヴェレスト 神々の山嶺」
「春を背負って」旧いところでは「聖職の碑」
最近では異色の外国映画「イーディ 83歳 初めての山登り」など。
そんな話の中でゲストには、1986年公開の映画『植村直己物語の主演を
した話などで、西田敏行氏が出演していた。
この映画は観ていない。
マスターの本棚というコーナーで、松本清張「黒い画集」に
収められている「ある遭難」の話をした。
松本清張は映画化されると大抵は観たくなるのだが、初めて聴く。
早速観た。
ある遭難.jpg
















劇場公開1961年(昭和36年)で出演者で分かる人は
最初に遭難してしまう岩瀬に児玉 清
岩瀬の従兄で槙田に土屋 嘉男 
弟の遭難に疑念を抱く岩瀬の姉役で香川京子
物語は、銀行に勤務する3人
A銀行支店長代理江田をリーダーとする浦橋、岩瀬三人の
パーティは、鹿島槍で遭難、岩瀬は黒部渓谷に命を失った。
浦橋は友の冥福を祈ってこの悲しみを雑誌岳人に詳しく書いた。
岩瀬の姉真佐子は、素人らしい素朴な疑問を抱いた。
初心者の浦橋が無事で経験者の弟が倒れたということである。
真佐子は従兄の槙田二郎に雑誌岳人と自分の意見を書いて送った。
槙田は山のエキスパートで、山に登りたいためにわざわざ東北の
会社を選んだほどの男である。真佐子の疑問を一笑に附したが、
岳人を読んで顔色が変った。それから槙田の活躍が始った……。
槙田に誘われた江田と二人、雪に埋もれたコースを「岳人」掲載通りに歩く。
当日は江田は身銭を切って、寝台車を使い、前夜の寝不足に
ならないようにした。ところが、歩き始めからゼイゼイ息を切らし、
ザックを下ろして休む岩瀬。
扇沢から柏原新道を爺ヶ岳経由で行くコースではなく、
大谷原から1時間ほど歩いて、西俣出合から急登を登る。
槙田と江田はアイゼンで雪渓を切りながら登る。
高千穂平に出ると槙田は、浦橋の手記からここまで大町の
鐘の音が聞えたのはすでに天候が悪化する前兆だったと言い、
気象台で一週間前に出す長期予報にも低気圧がここを通ることが
記されているのに--という槙田に江田はそっぽを向いていた。
遭難は布引岳の頂上から北槍に向う途中に天候が激化、
八峰キレットを目前に引き返したが、牛首山へ迷いこんだのが
五時、疲労困憊の岩瀬を浦橋に頼んで江田は冷小屋に救援を
頼みに出たのだ。冷小屋到着は七時、救援は翌朝になった。
その間に岩瀬が恐怖に気が狂い崖下に転落したのであった。
DVDを見ながら地図を観ていると、切実感が迫ってくる。
そういう江田に、山岳の専門誌に鹿島の北槍から冷小屋に向う時は、
牛首山に迷いこむ危険性があるから注意するように書いてあるのを
あなたは知っていてやったのだ、と槙田はきめつけた。
すべてが偶然の可能性に基いているが、そこに作為が
動いている場合は犯罪である。
冷小屋へ戻る時に「南峰」と牛首尾根との分岐には、今の地図にも
「悪天候時、牛首尾根に迷い込まぬように」と赤字で書かれている。
槙田は寝台車で何故熟睡が出来なく、疲労に追い込まれたのか?
週間予報では荒天が予想され、大町からの鐘が聴こえた時点でも
予想するに十分だった。全てが巧妙に仕組まれた遭難としか思えないのに、
動機が分からない。何故、江田は岩瀬を殺人に見せずに遭難させたのか?
動機が分からないまま、槙田と江田は下山する。
江田は槙田の足下に亀裂の罠を作り、動機は妻と岩瀬の姦通に
あったといった。だが、それを知った槙田は足下が崩れて崖下へ
落ちていった。死体は来年でないとあがらない。
にやりと笑う江田は上を見て息をのんだ。
槙田の落ちる音に、雪崩が誘発されたのだ。
江田の頭上に雪崩が・・・
映画の詳細を知らぬまま観ると、私たちも動機が分からないので「何故?」と
いうと問いを抱いたままだ。結局、岩瀬と妻への復讐の為に江田、槙田、岩瀬と
三人が鹿島槍ヶ岳に消えた。
話は違うが、若い頃の香川京子は頬が少しふっくらして本当に可愛い綺麗だ!
岩瀬役の児玉清は私にとってはNHKBS「週刊 ブックレビュー」の
司会が印象的だ。土屋嘉男は良い味を出している俳優そのままだ。
松本清張「黒い画集」には他に数篇収められているようだ。
動機は最後まで推理できない。殺人に至るひとつひとつのステップは
それと察しされない緻密さで実行されてゆく。
石山謙二郎氏が「山に関する映画の特集」があると仰ったが
この時世だから日にちはまだ、未定?開催も未定?なのでしょうか?

鹿島槍ヶ岳は初登頂は山の会に入ってまもない頃だった。
当時、NHK BSで「日本百名山」放送中だった。
岩崎元郎氏が親しみやすい感じで、氏のテレビを観ていると
自分でも登れるような錯覚に上手く誘われてしまう。
その岩崎氏と冷池山荘前で会った。一緒に写真を撮り、
それが縁で3~4回ほど手紙のやり取りを氏と交わした。
良い、昔の思い出だ!
二度目は単独で行ったが、お盆休みで、扇沢への道が混雑していた。
辛かった思い出がある。