【指を切る・「閉鎖病棟」を読む】

一人の食事だが、キャベツを丸ごと買う。
大きなキャベツを四等分くらいに切り、ジップロックに
入れて冷凍したり冷蔵したりする。
そのキャベツの芯を三角に力を入れて包丁を刺した途端に
左手人差し指の爪のすぐ上に包丁が刺さった。
Vの字に皮膚を切り、皮膚は深く抉れて、蛇口の下に
差し出した指からはドクドクと血が流れる。
11月最後の土曜日だった。
「新潟市急患診療センター」(旧市民病院)を
調べたのが日曜になってからで、土曜日は午後3時から
午後10時までで、日曜・祭日は診療していなかった。
薬局へ行き、消毒ガーゼや切り傷に効く「メモ」や
伸縮包帯を買う。さて、外科は何十年もお世話になっていない。
何処の医院が近いか?
会社近くの新潟駅近く、中央郵便局の裏手にあった。
2日に残業を断り行く。結構深く抉れているので、
これは縫わないといけないのではないかと思ったが・・・
でも、上の皮膚が薄すぎるので、3mmのテープで
テーピングをして傷パットを巻いてもらう。
3日置きに通う。
植木外科は、現医師は50代後半くらいの医師で、気さくで
感じが良い。お父さんが設立してご自分が育った場所でも
あるとネットで書かれていた。
左手はひたすら濡らさないように注意を払って、
次回の診察時には「綺麗に保っている!」と
子供みたいに褒められた!そして9日には経過診察終了。
「高齢者」を十二分に自覚して事故、怪我には本当に
留意しなくてはならない。僅かな段差で家の中でも
躓いたり、指を切るなども・・・
事故、怪我から起きられなくなったり、認知症も
発症しやすくなる。
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帚木蓬生「閉鎖病棟」を読む。
平成28年から30年頃には帚木蓬生の著書を次々に読んだ。
そして山本周五郎賞受賞の本作は何故か未読だった。
映画化されたと知り、大きな忘れ物をしてきたような気になった。
登場人物の中心は秀丸さん、島崎さん(中学生の女子)
チュウさんの3人で、秀丸さんを演じる俳優は「家族に乾杯」
と言ったテレビでお馴染みの俳優。チュウさんは先だって観た
「楽園」で犯人役で出演していた俳優だ。
忘れ物を拾うがごとくに本は読んだが、映画は観る気にはならない。
しばらく帚木蓬生から離れていた所為もあるかもしれないが、
所謂「劇場型」の小説は、私は馴染まない。
登場人物が、舞台の端からヒョンと出て、通り過ぎる役が
気になり、そして理解しずらい。
閉鎖型の精神病院と刑務所との違い。
精神を病んで、閉鎖病棟にいる人と犯罪を犯して刑務所に
服役している人との違いがどこにあるのか?
劇場型ではなく、中心の人々にもっと、光を当てて
描き出した形式の方が好きだ。                     
                      
10日 夕食
ツナと柚子胡椒のパスタ
アボカド(オリーブオイル+鶏がらスープ)
安納芋レンジ+はちみつ+レモン汁
春雨+ワカメ⇒鶏ガラスープ     
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閉鎖病棟 (新潮文庫)

【新潟出版文化賞 表彰式&記念講演】

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この年齢になると、根を詰めた仕事は辛いものがある。
それが最初は9:30⇒16:30が18:30迄となり、日を追うごとに19:30になり
そして20:00迄の残業の月~金曜日。そして23日に続き、30日も出勤となり、
普段は、帰宅してあまり手の込んだ料理ではない食事を終えるとパソコンは
メールチェックだけして、録画した番組を漠然と見て、寝る。
そんな貴重な日曜日だが、家に籠っていたいところだが、図書館への返却もして
先に申込しておいた表題の「表彰式&記念講演」に出向いた。
多分、全国でも珍しい、自費出版された図書をみずから応募して受賞された
方々の受賞式だ。自費出版にも様々な形態があるでしょうが、永年、根を込めて研究された
成果や、地元の郷土史、短歌、等々・・・
他県からの文学研究もあった。
私の本来の目的は、記念講演にあった。我が、卒業小学校の後輩ともいえる
藤沢 周氏の「文学の生まれる場所」の内容に興味があった。
藤沢氏のご実家は、文房具店で、現存している。
幼稚園時代から、家を出ても、幼稚園には行かないで、内野の浜へ遊びに行って、日がな一日
海辺で過ごした。氏が小説を書くに至った根源は、何もせずに、見つめた内野の浜、海で
過ごしたことが根底にあるとうことだ。
芥川賞受賞作だけ、郷土出身(それも同じ小学校卒)ということで読んだけど、
その後は良い読者にはなりえなかった。
講演中の藤沢氏。あまりよく撮れていないが・・・
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疲れた!疲れた!と言っている内に、もう11月も終わった。
最近、仕事をしていない10月も、仕事をしている時も、自分の中でしなければならない事。
したい事、等々に向き合うことに「怠惰」になっている。
ちなみに、調べると・・・
キリスト教における七つの大罪のひとつにもなるほど「怠惰」は
罪深いものです。
他に「暴食」「色欲」「強欲」「憤怒」「傲慢」「嫉妬」と書かれていた。

実はこの七つの大罪で言われる「怠惰」というのは、「仕事をせずに怠けている状態」を示しているのではなく、働きっぱなしの人間像を戒めているです。 これは「本当の自分の姿になること」を怠けているといった意味で大罪のひとつになっています。 本来やりたいことをやらず、真の自分から永遠に逃避・逃走する人間こそ怠惰である、言っています。 また、「怠惰」は十戒の第三の掟「あなたがたは安息日を聖なるものとしなさい」にそむいてるものだとも言われています。 つまり、安息しない人こそ怠惰であるということです。 「怠惰」は現代で使われている意味とは反対となることを指す言葉でした。 しかし、当時の働きや安息日と現代の仕事や休日はまた違うものです。 現代でこんなことを言っても全く通用しません。 社会人として、しっかり毎日働きましょう!

言葉は、本来の意味から掛け離れて使われることが、昨今多いが、特にキリスト教徒にとっては、

別の意味を含んでいることが多い。