九月が終わってしまいました

生きてはいましたが
ブログに向かうことができないまま、もう9月が終わってしまいました。
日々の生活の中で疲弊している自分を、距離を置いて見つめることが
できないまま、時間の経過に身を任せつつ右往左往、
アップアップ踠いていました。
派遣で行っている職場での、仕事を指図する担当の職員の態度や
昨年も、一昨年も此処での仕事を経験済の人たちの
発する「優越感」に圧せられる毎日。
「仕事の場」は一見するとどんなに楽そうでも
それなりのストレスに押しつぶされそうになる。
スタートは同時だが、契約満了が人によって様々で
8月の第1週、週末から順に数人ずつが終わっていく。
第2週、3週も過ぎる頃には半数以下になっている。
私は、9月の第2週週末だが、その少なく残っている中に
丸で、敵意を露骨に向けている女性がいる。
いっそ、8月いっぱいで辞めたかった。
実際、私より3歳上の女性で契約満了を待たずに
辞めた人がいた。
それは「敵前逃亡」ではないのか?
我慢に我慢を抱えて、9月13日に契約満了で終了した。

「脳科学者の母が、認知症になる」       
恩蔵 絢子 河出書房新社DSC_0090.JPG
認知症を脳科学者という立場での切り口から
探っているのが他の人と違っていて面白かった。
「純粋理性批判」で知られる哲学者のカントは認知症だったと
書かれている。
大井 玄氏「呆けたカントに「理性」はあるか」という著書を引用している。
これも必読書候補として近々読みたい。
ここ最近「認知症」というキーワードでの図書を
次々と貪るように読み漁っている。
恩蔵絢子さんの本書は昨年の10月初版
今年の2月に3版が発行されて、新聞の書評でも好評だった本だ。
その前には
「アルツハイマーを知るために」 佐藤 早苗 新潮文庫を読む。
画家からノンフィクションライターへと転向した人の図書で
知人からの強いお薦めで読んだ。
これも「目から鱗が落ちる」刮目に値する内容だった。
何故、こうも「アルツハイマー」に、今拘っているのか?
自分への警告、心配も勿論ある。
エッセイ・小説の同好会に2月から参加していて、
毎月エッセイを書いて、皆の批評を受けているが、
35年振りに小説を書き始めている。
何をテーマにするか?「私小説あるある」では読み手に
繋がらないし、そこで、今一番の関心が「認知症」なので。
DSC_0085.JPG
派遣先近くの「竹俣」でランチ。珈琲とデザートも付く。
一日20食した作れないので、ちょっと遅く行くと、予約で
もう満員の札が下がっている。
おひとり様のカウンターも4人しか座れないので、
一人でも予約をして行った。
最後のランチ。
今度、夜にゆっくり行きたいと思っているのだが・・・
自分の為の備忘録の日暮日記、ボチボチと再会します。

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