「柳都新潟 古町芸妓 ものがたり」

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柳都新潟 古町芸妓 ものがたり
小林 信也著  ダイヤモンド社
プロローグ 写真で伝える<古町芸妓ものがたり>
序章 古町芸妓との出会い
第1章 古町芸妓、消滅の危機
第2章 芸妓の会社<柳都振興>の誕生
第3章 花街の中核を担う市山流
第4章 歴代名妓たちの人生
第5章 いまを生きる、古町芸妓たちの素顔
第6章 歴史をつなぐ担い手たち
第7章 名作とともにある気概
昨年発売されて、日にちが経過したら予約もなくなったので
図書館から借りて読む。
母がもし認知症でなければ、喜んで、懐かしがって
読んだだろうと思う内容だった。
古町芸妓の世界は、私の生まれた古町の近くであった。
祖父は旅館や、料理屋の家を主に建築する大工の棟梁だった。
そんな縁で、そうした世界の人々との縁が母ももっていた。
旅館でもなく、料理屋でもなく「待合」という商売がある。
それは芸妓さんとお客が出会う処で、「待合茶屋」ともいわれる。
そこには祖父が縁付かせた母の知り合いがいた。
その母の旧知の人は、美空ひばりの大の贔屓で交友があったと聞く。
母は、芸妓遊びに興味があったわけではなく、市山七十郎の踊りにはぞっこん贔屓で
東京までも観に行っていた。
最近は柳都振興会社で募集をして若い芸妓志望の女子が就職する感覚で
芸妓になっていっているという。かつての財界の接待に限らず、ご婦人方や
若い人なども芸妓遊びを体験できるときく。
私は個人的にはこうした世界への憧れはとんと関心はなく無縁だ。
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6月16日はスマホにエリアメールが入る。
昭和39年6月16日 午後1時01分 
震度5 新潟地震が起きた。
中学校3年だった私は初めて体験する大きな地震だった。
18日に、知り合いのジャズ喫茶でジャズを聴きながら
新潟地震の時の思い出を同年齢の友人と語り合った。
その晩に再び、大きな揺れがあった。
夜半に家で一人でいる時の地震は初めてで、怖かった。
当時、在学していた中学校は、新潟市内の下町で
坂道を上がりきった高台にあり、裏手は日本海だ。
皆で裏手に出て、海を眺めていると「津波」の
前兆のように波が逆さに沖合へと流れていった。
23日に当時の中学校まで行ってみた。
今は「新潟市芸術創造村・国際青少年センター」という施設に様代わりしていた。
画像玄関の上部には懐かしい校章があった。
海が見える校舎裏へ出てみる。
この海を見ていると、当時、逆に流れる波を不安な
気持ちで級友たちと眺めていたのを思い出す。
そしてこの同じ海を渡って拉致されためぐみさん達へも
想いを馳せる。


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新潟の街は大きく変化をしているが、海の広大さと青さは変わらない。
この日、市役所前でバスを降りて、新潟大学病院から坂道を上り、旧二葉中学校まで歩き、
湊町、住吉町等々下町をグルリと歩いた。
暑い日だった。クロスパルへ辿り着いて飲んだアイスコーヒーが美味しかった。


柳都新潟 古町芸妓ものがたり
ダイヤモンド社
小林 信也

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