【億男&世界はうつくしいと】

旧知の知人が洋服店(ブティック)をやっていて、もう30年くらいの付き合いだ。
時々行って、客同士やオーナーとお茶にお茶菓子で世間話をして帰る。
同じ年齢なのだが、趣味指向が丸で正反対で、それはそれで面白い。
映画の趣向や好みの男性のタイプも丸で違っていた。
そんな彼女に「これから佐藤 健に逢いに行ってくるね」というと
「まぁ、どうぞ!」と言われ「億男」を観て来た。
仕事を辞めてから、時間も出来たし、いろいろな集まりを辞めたりして
孤独を託つ日々では映画は気分転換になる。
と、いうことで、佐藤健君が出演ということで「億男」を観たのです。
「世界から猫が消えたなら」も川村元気&佐藤健のコンビでしたが、これも方向としては似ていたかな?
「億男」から「億」のご利益を頂こうと。
一男と九十九の友情が観ていてちょっと不信感を抱いてしまうのは私だけかな?
いろいろ回り道があっても、収まるべきラストに収まったという締めくくりであったかな。
お金で不幸を背負うことも、お金が不幸を連れてくることもあるだろうけど、確かにお金は欲しい(笑)
別れて暮らしている妻と出逢った頃に二人の間で長田弘の詩集
『世界はうつくしいと』が共有されているのが印象深い。
ちょっとしたシーンだったが、「長田弘」か!何と懐かしい名前だろう。
かつて何十年も前には、私の日常に「長田弘」は確固たる存在感を持っていた。
火種をもらったように、図書館にいろいろ検索して長田弘の詩集、エッセイなどなど借りた。
詩集は物語と違って、さっと眼を通して返す訳にいかずに、折に触れ、手元においておきたい。
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「世界はうつくしいと」
うつくしいものの話をしよう。
いつからだろう。ふと気がつくと、
うつくしいということばを、ためらわず
口にすることを、誰もしなくなった。
そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
風の匂いはうつくしいと。溪谷の
石を伝わってゆく流れはうつくしいと。
午後の草に落ちている雲の影はうつくしいと。
遠くの低い山並の静けさはうつくしいと。
きらめく川辺の光はうつくしいと。
おおきな樹の通りはうつくしいと。
行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。
花々があって、奥行きのある路地はうつくしいと。
雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。
太い枝を空いっぱいにひろげる
晩秋の古寺の、大銀杏はうつくしいと。
冬がくるまえの、曇り日の、
南天の、小さな朱い実はうつくしいと。
コムラサキの、実のむらさきはうつくしいと。
過ぎてゆく季節はうつくしいと。
さらりと老いてゆく人の姿はうつくしいと。
一体、ニュースとよばれる日々の破片が、
わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。
あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。
シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。
何ひとつ永遠なんてなく、いつか、
すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。

本に出合う瞬間は、チョッとした隙間から私の心に入り込む。
ラジオを聴いている時に話していた作家やキャストの会話から、新聞の書評欄から・・・
最近は週刊読書人ウエブ通信や岩波書店「図書」などなど・・・
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単行本は図書館を利用して。手元に置きたい本や文庫、新書は購入して。

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世界はうつくしいと
みすず書房
長田 弘

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