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zoom RSS 【炎を越えて】

<<   作成日時 : 2018/08/27 01:07   >>

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【炎を越えて 新宿西口バス放火事件後三十四年の軌跡】 杉原美津子 文藝春秋
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1980年(昭和55年)8月19日 
新宿駅西口バスターミナルで起きた路線バス車輌放火事件
杉原美津子は当時36歳で全身80%火傷の重傷を負いながら
一命を取り留め回復したのをきっかけに執筆を始める。
最初の著書「生きてみたい、もう一度」は1983年に出版されて
ベストセラーになり映画化もされた。
この事件が起きて、杉原美津子の著書を
読み進むキッカケになったのはテレビの番組で
是枝裕和が進めたことに因る。
事件そのものは当時は新聞に大きく報道されたが
当時の私は5歳の娘が居て、仕事もしていて
もし、このテレビでの是枝裕和の話を聞かなければ
杉原美津子の著書を読み、彼女の考え方
生き方にこれほどまでに胸打たれることはなかった。
携帯電話もパソコンも使えなかった時代
手書きの読書ノートに当時の切り抜きが載っている。


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図書館からはマーカーを付けた本を次々に借りて読んだ。
「ふたたび、生きて、愛して、考えたこと」は池田晶子「わたくし、つまりNobody賞」特別賞を受賞した。
この本は彼女の締めくくりとも言える最期の著書と思い、図書館からではなく購入した。
杉原美津子は当時、既婚者の荘六と不倫の関係にあり、バスの車内で炎に包まれた時
ホンの一瞬、飛び出して逃げるのではなく、この炎は自分への罰なのだと数秒立ち止ったと書いている。
辛い回復への治療を経て、荘六は妻と別れ、美津子と一緒になるも事業の失敗による借金で苦しむ。
その後には認知症を患った荘六の介護、看取り。更に自身の癌宣告。
自殺は何度も考えた。自殺の為の現地までも行った。
そんな彼女は犯人のMを恨むことは出来なかったと書いている。
面会にも行き、手紙の交換もすると、Mの生い立ち、環境を考え、現在はすまない!
すまなかったと詫びる姿に接する内に理解できるようになったという。
が、Mは自身が多大な罪を償うことも出来ずに生きる希望は持てずに獄中で自殺を図る。
偶然ではあるが、当時カメラマンの仕事をしていた兄はその場に居合わせて、炎に包まれる
バスをスクープした。中に自分の妹が炎に包まれていることも知らずに。
そして、その偶然の哀しい現実を知るや、兄はカメラマンの仕事を止めることになる。
人は、どんなに過酷な殺され方、過酷な境遇に陥れられても、その相手に「死刑」は
望まないのではないか?いや、罪を自身の死、死刑で償って欲しいと思うのだろうか?
7月27日の新聞には一面に大きく「オウム13死刑囚 全員執行」と載っていた。
一時は杉原美津子さんに手紙を書きたいと思ったこともある。
どんな哲学書よりも貴女の著書で行き続けて、考えることを放棄しない姿勢は
バイブルにも匹敵すると伝えたかった。
手紙も出さずに、彼女の著書がその後出版されたことも、亡くなったことも知らずにいた。
ふとしたことで最後の著書となる本書の事を知り、改めて十数年振りに杉原美津子に再会することができた。
杉原美津子の本は何度読み返しても涙を抑えることは出来ない。
7月に出版されて、12月に亡くなった、これは正に今までの著書の集大成であり、遺書だったのだろう。
杉原美津子氏に取材したNHKスペシャル「聞いてほしい 心の叫びを〜バス放火事件被害者の34年〜」が2014年2月28日に放映された。その感想を、石原慎太郎氏がNHKを通じて杉原氏に書簡として送られ、本書執筆のひとつの支えとなった。また同時に、読者にとっても作品の本質へと導くものであると考え、私信ではあるがとくに石原氏の許可を得てここに収録する。(編集部)

NHKのテレビは残念ながら見ていない。テレビの報道番組や特集番組に眼が行くようになったのは2年前に
退職するまでは見る余裕が無かったから。
石原慎太郎の手紙はやはり物書きらしく上手くまとまっていて、そして彼女には「怜悧な認識と芯の強さに感動させられました」と冒頭に書かれている。
本書に戻る。後半第3章「蘇生」189頁には
「加害者」には「問答無用」とばかりに「詫びる」ことしか許されないのか。「刑に服する」ことしかできないのか。
詫びて罰を受け、許されてもなお赦さない社会。加害者を赦さない社会は「被害者」の立場から加害者を責めたて、気づかずして「加害者」の立場に逆転していく。追い詰められた加害者は再犯に及んでしまう。この憎しみの連鎖は何によって断つことができるのか。それを抑止する方法として、厳罰化が進められているが、ノルウェーの犯罪学者、ニルス・クリスティは、厳罰化には、犯罪抑止力はないと言う。
ノルウェーも70年代には厳罰化したが、一向に、一向に犯罪は減らず、どのような制度が社会にとってより良いのかを模索し続けていく結果、今では世界でも最も囚人に優しい国になったという。
ニルス・クリスティは「刑罰は報復ではなく、厚生でなければならない。犯罪者の大半は、失業者であったり、家庭環境が劣悪だったりして、社会から疎外されてきた、更に彼らを苦しめても、社会全体が良くなりはしない」と語る。
刑務所は、受刑者が社会に復帰できるように厚生させる場所であるべきという。この制度転換によって、2001年7月には犯罪が減少したという。

いじめに因る自殺や仕事の悩みからの自殺などは自殺という形であっても、それは小さな投げた人は加害者意識などないかもしれないが石つぶてを投げられて殺されたも同然である。
生きづらさを抱えている人は多い。社会の仕組み、家庭環境、仕事の場で、或いは全くの自身の思い込みによってさえ、他人には理解出来なくとも、自分では生きづらい。
誰でも自分の人生のドキュメンタリーは書ける。
杉原美津子の図書は、私への処方箋である。
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これは何でしょう?
片耳に引っ掛けているだけで、着信が判る。マイクで話も出来る。
周囲に迷惑をかけることなくラジオや音楽が聴ける。線のイヤホンと異なり邪魔にならない。
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