のりこの日暮し日記

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zoom RSS 【新潟開港150年記念花火】

<<   作成日時 : 2018/08/13 07:15   >>

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新潟まつりの花火をじっくりと見るのは何年振りだろう。
ときたま、車で現地まで行かない川の土手などで上に上がった花火だけを眺めたりした。
今年は「新潟開港150年記念」のまつりということで音楽花火や大型スターマインなどが上がるという。
メインのスターマインや大型花火は後半に集中するので、夕食を食べて19時半のバスで行く。
信濃川手前の礎町でバスを下り、向かいのオオクラホテルからやすらぎ堤に上がると堤防の木々の隙間から
進行方向の上に花火が見えてきた。川沿いの堤防には通路をロープで仕切り芝生の上にはビッシリと
シートを敷いた人でキチンと整列したように座っている。通路は停まると警備の警察に注意されるので、
ゆっくりと歩きながら、八千代橋を過ぎ、昭和大橋手前でそれ以上は進めずに救護所がある。
昭和大橋のすぐ隣、左岸が打上げ場所、右岸が有料観覧席となっている。
つまり有料観覧席は昭和大橋に掛かるナイヤガラ大瀑布が一番よく見える。
でも、行き止まりの場所で立って後半40分ほど眺め撮る。
何を見ても何かを思い出す近頃。
土手にあがり川を眺めていると子供の頃に家族で花火見物に来た頃を思い出す。
父の盟友が当時県会議員で船会社を経営しており、その船で見させてもらった。
花火の撮影は難しい!私の技量とキャノンのパワーショットコンデジでは花火モードにしても
シャッターを押して、2秒ほで、すぐさまシャッターを押したいのに、「処理中」と表示され、
連続で撮影できない(ーー;)出来る方法があるのかもしれないが、私は知らない(ーー;)
でも実物は眼の中に納めてきたので、一応形だけ行った証拠物件として
画像画像
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昭和大橋に掛かる「ナイヤガラ大瀑布」
実物は眼の前に見ていると圧巻なのですが写真はお粗末でした。

新潟まつりは以前は(何時変わったのかははっきり覚えていないが)8月21〜23日だった。
新潟は幕末五港だったけど、他の四港と異なり川で栄えた港だった。
住吉祭
廻船問屋が大阪の住吉神社からご神体を受け、地域住民にも信仰されるようになり、享保11年に行列を組む祭りが行われました。これが「住吉祭」の起源だと伝えられています。水上みこし渡御は港の安全を祈り、みこしが信濃川を東から西へ渡御していきます。

商工祭
昭和4年の秋、商業振興を目的に広告パレードが始まりました。これが発端で「商工祭」の名がつけられ、戦後は各企業の趣向を凝らした山車が連なり、古町芸妓も総出で華やかさを競うなど、行列は延々5キロにもおよんだといわれます。

川開き
明治41年、新潟は2回にわたり大火に見舞われました。一日も早い復興を期して、同43年に「新潟川開き協賛会」が結成され、9月10日・11日の両日、萬代橋下流の中州で、花火が打ち上げられたのが「川開き」の起源とされています。

私の母世代の旧くからの「にいがたもん」は単に「川開き」と言っていて、住吉行列は「すみよしさま」と言っていた。
当時は古町に住んでいたので、住吉行列に「お稚児様」で出ていた。
今の時代はどうなのだろう?まぁ、様変わりしていることでしょう。
こんな機会でもないと着る機会がないのか、若い人や子供は浴衣を着ている人も多く、良いなぁ〜!
そういえば、かつては墓参りにも浴衣を着せられて行ったっけ。
年配者ほど面倒なのか普段の服で来ている。来年は浴衣を来て行こう\(^o^)/
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