「いつ死んでもいい」老い方

外山滋比古氏は1923年生まれ88歳です。
が、今尚、精力的に執筆を重ねています。
「思考の整理学」を初めてとして、日本語に関わる著書、子育て、生き方のヒント等々・・・

そんな外山氏が昨年の丁度88歳の誕生日を迎えた日に出版されたのが{「いつ死んでもいい」 老い方}です。

生き方の指南書、生活の指南書、こうした指南書には、思わず手にして、でも内容に失望してしまうことが多かったので、所謂ベストセラーで自分にとって納得、満足のいくことは少なかったので、もう手にすまい!
と、思っていたのですが、外山氏の「いつ死んでも」のタイトルには、やはり、性懲りもなく誘い込まれました。

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最初は図書館から借りたのですが、欲張って、図書館からたくさんの本、雑誌など借りて、2週間で読み切れなくて、結局、購入しました。
外山氏への米寿の貢献です。
図書館から借りないで、書店で購入することは、著者への敬意、貢献ですね。

さて、最初、新刊案内でさっと見た時{「いつ死んでもいい」生き方}かと思えたのですが、外山氏にとっては、生き方も老い方も左程変わらないでしょう。

私は過去、数年前から、本当に「いつ死んでもいい」と思えるようになりました。
娘が就職したり、結婚したり、出産したり・・・等々の節目には、心残りは無くなったと。

この先、加齢だけは避けられないし、頭の能力の低下、体力の低下などなど・・・

生きていて尚、したいこと、心残りは既になくなった。と。

でも外山氏のこの本はそんな厭世的な内容ではなく、老人が世間の常識、或いは良識と思い込まれていることに囚われて生きないで、生き方、反骨の指南書のような趣です。

私とは世代も、性別も経歴も能力も甚だしく異なるので、氏の述べることは殆どは当てはまらないのですが。

P18
「放射能の出る上等肉を存分に喰いたいね。世のため人のためになる。もうわれわれは被爆の害があらわれるまで生きていないもの」
⇒私もそう思います。

P19
「生くることやうやう楽し老の春」   風生
P21
「浜までは海女も蓑着る時雨かな」  瓢水

「どうせ、ダメに決まっているのだから・・・」云々で努力をしない口実にすることに関して、
この句を引用されて、すごい句だと直感、何度も心の中でくりかえした。


本当に、何気ない言葉の中に、海女のどうせ、海に入れば濡れるのだけど、仕事の現場行くまでは、道中は濡れたくない、その心意気に拍手だと、私も思いました。
瓢水という俳人を調べ、その句も幾つかネットで調べてみました。

P150~154
「日記から予定表へ」
では

過去を丁寧に記していることを、偉そうに学生に勧めたりしていたが、そんなことの無意味に最近は気づき、「日記から予定表」で朝、起きると予定表を作る。
まぁ、ざっとそういった内容です。

私も1年の始めに日付入り日記帳を買い、空白日が続くと、それは空けて、気づいた日から書けばいいものを、何だか、空白日に脅迫させられているような気になって、その1冊を破棄して日付なしの日記帳を買ったりしたこともあります。

でも、今年は日付入りを買い、1~3日くらいは空白日もまとめて記入したりしているのですが。

章のタイトル
Ⅰ 
世のため人のため
一代限りの覚悟
浜までは・・・
小毒の妙
最中
夢中
集中


われを忘れる
旧友・新友
知らぬが仏
ぜいたく
がまん
怒りの力


散歩道
手にも散歩
心の旅
口舌遊歩
歩き終えて
悠々自適


ちょっぴりいけないこと
六十の手習い
ネムリはクスリ
風邪を引く
ノー・サンキュー
日記から予定表へ
生活第一


お山の大将
あっけなく
忘れるが勝ち
失敗もまたよし
ホメられたら死ねない
郵便が来る

あとがき

この本がもしかしたら、外山氏の著書の最後に手にする本になるかもしれません。
あとがきには、思いついて、原稿も急いて書き、出版社の方にも頑張ってもうらい、自分の誕生日が出版日になったと書かれてありました。
でも、90歳の誕生日に又、出版されるかもしれませんね。

時々は読み返してみましょう。

20日の夕食

冷蔵庫の残り物
牛蒡の旨煮+白ゴマ和え
キノコ汁
ほうれん草+ジャガイモ+とろけるチーズの卵かけ=オムレツ風

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21日の夕食
3匹150円の解凍サンマを3枚に下し、ミンチしてハンバーグ風に
牛蒡入りキノコ汁
モズク酢

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22日の夕食
大きいアサリがあったので、パスタに
フルーツトマト(湯剥きし過ぎて柔らかくなった)
豆腐と玉ねぎの中華風トロミスープ(ウエィパーを入れると美味しい)

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この記事へのコメント

2012年02月23日 18:34
 この本は読んでいませんが、外山滋比古さんの本には啓発されることが多いです。
 後ろを振り返るより前を見る、日々の生活を大事にして、老いも楽しんじゃう、というようなことでしょうか(^^ゞ。
2012年02月24日 06:15
遊哉様
コメント感謝です。
いつも遊哉様の読書力、その解説には大いに参考にさせて頂いております。
ネットでは一部、表題に惹かれて詠んだけど、内容は左程、参考になるべきもの無し。
との評も見受けられましたが、私も半ば、そうだと思いながらも、氏の88歳への敬服と思い、購入しました。
概略の内容は遊哉様の仰せの通りですね。
旧い友人より、新友を大切にせよ。
など、中々88歳とは思えませんが・・・
赤鬼
2012年02月24日 07:33
若いころは死を恐れていたが、年を取るに従って
あまり怖くなくなった。しかしいざとなればじたばたするんだろうけどさ。
2012年02月25日 05:57
赤鬼様
私は不遜な言い方かもしれません、自分が自分であることの認識がある内に死を迎えたいと思うのです。
延命治療、高価な何でも治る薬、ベッドに寝たきりの介護生活、自分のしたことを5分も経たない内に忘れている。
でも、それでも人間としても尊厳はあるかもしれませんが・・・
「いつ死んでもいい」という気持ちで一日、一日感謝して生きるという心構えに尽きるのですね。
輝@お江戸
2012年03月09日 19:39
nori tanさま
カミさんの父親は、82歳で癌で亡くなったけど、
つれあい始め、小生にも,世話になりました。
向こうで多勢の友達が待っているのでもう行くよ。
更に辞世の句まで詠んで、30分足らずで眠りについたのだけど、小生は、とても真似出来ないだろうな、。
2012年03月22日 14:00
輝@お江戸様
一寸した手違い&ウッカリでコメントが入っていることが分かりませんで失礼致しました。
もう@お江戸ではないでしょうけど。
俳句の真似事を始めたら、いつかは辞世の句を残して死にたい!と思うけど、辞世の句などとても読めやしない。なので長生き出来るのかな?
向こうの世で会いたい人?
まだ、存命ですが、小学校の時の担任の先生です。
初恋(!)の人でもあります。