のりこの山と本の記録

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zoom RSS 『黒部の風ーわたしの山小屋物語』

<<   作成日時 : 2017/02/05 03:32   >>

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「黒部の風 わたしの山小屋物語」  砂永純子著   山と溪谷社
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内容紹介
暖かいランプの光、湿原を流れる風、沢にこだまするせせらぎ、岩魚に触れた瞬間の電流のような感動――。人生に迷い、黒部源流・高天原山荘に辿り着いた「わたし」が出会ったのは、心を満たす山の生活でした。山に生きる人々から学んだ大切なことを綴る、山小屋生活の記録です。

著者について
埼玉県生まれ。フリーライター。早稲田大学卒。大学時代より登山を始め、在学中から『ヤマケイJOY』編集部で編集見習いとして働く。その後独立し、フリーのライター・編集者となる。『山と溪谷』、『ヤマケイJOY』、『Outdoor』などに寄稿。2001年夏、黒部源流域の太郎平小屋・高天原山荘でアルバイトを経験。その後カナダに渡り、ロッキー山脈の麓にあるヤムナスカ登山学校にてマウンテンスキル・セメスターを修了。そのまま1ヶ月間アラスカをテントで放浪する。帰国後は結婚を機に愛知県に居を構え、豊かな自然のなかで育児と執筆に専念する。著書に、山歩きはじめの一歩3『山の用具』(共著・山と溪谷社)がある。

山小屋主人が書いた山小屋物語の著書は多くあり、私もかなり読んだ。
が、若い女性がアルバイトの身での山小屋初体験を記した著書は初めてだった。

著者紹介で年齢が記されていないので、推測するしかないのですが、2001年で大学を出て5年と
あるので、多分、1974年生まれ。私の娘くらいの年齢だと思います。

『7月初旬、梅雨の合間の空は、さわやかに晴れわたっていた。わたしは、期待と不安が入り混じった気持ちで、登山口近くのヘリポートへと向かう車に揺られていた。今日から2ヶ月間、標高2000メートルを超える北アルプスの山上で、山小屋に住み込んで働く生活がはじまるのだ。』
大学を卒業してみたものの、就職試験に全て落ちたわたしは、東京の小さな本屋でアルバイトをして、
5年が過ぎていた。
雑誌の記事で見た「高天原湿原」で働いて、自分を見つめてみたいという一心で有峰林道を走り、折立登山口についたわたしは、ヘリポートで五十嶋博文に逢い、「タカマかどうかは、決まっとらんぞ。とりあえず太郎に行ってくれ。上に行ってから決めるから」と言われ、荷揚げが終わったヘリの後にやってきた測量の仕事で太郎平小屋に入る建設会社の人たちを乗せる便に同乗して太郎平へ上がった。
「アルバイトは普通荷揚げを手伝ってから歩いて登るのに、お前さんは運がいいな」と言われて、
山小屋アルバイト生活が始まった。

太郎平小屋・薬師沢小屋・スゴ乗越小屋・高天原山荘 この4つの山小屋を経営しているのが
五十嶋博文で小屋のみんなからは「マスター」と呼ばれている。
五十嶋は10代後半で、父親から山小屋の仕事を継いだ時、年齢の変わらないアルバイトたちが、若い五十嶋を「オヤジ」と呼ぶのはおかしいからと、呼ぶようになったという。今では、山小屋関係の者だけでなく、常連の客や、山岳警備隊、アルバイトOB、さまざまな人から、親しみをこめて「マスター」と呼ばれているのだという。

最初は太郎平小屋で、その内に高天原山荘へ移っての山小屋アルバイト生活の様子と其処で働く人たちとの交流などなど・・・歯切れの良い文章で書かれていて、オーナーではない、初心者が山小屋で働くことのA⇒Zが書かれている。トイレ掃除・賞味期限に拘らずに自分達の判断で賄いで食べるなどなど・・・

山小屋アルバイトから一旦は山から下りて、カナダへ渡り、登山学校で学び、
アラスカをテントで一ヶ月放浪したり・・・
取材と言うことで、度々訪れて、2004年から書き始めて、本になるまで10年を要したと書かれていますが、
一過性の山小屋暮らしとは言え、砂永純子の真摯な眼差しは、充分に伝わり、いつにない感動に包まれました。
「剱・立山・北アルプス」の地図を読みながら度々開いて、文中に出て来た地名を確認しながら読みました。
岩苔小谷・赤木沢・大道新道などなど

私がこのエリアを始めて、山仲間から連れて行ってもらったのは
2002年9月 折立から太郎平小屋に泊まって薬師岳が最初でした。
2003年8月お盆休暇を利用して単独で、新穂高から入り、鏡平山荘、黒部五郎小舎に泊まり
黒部五郎岳・鷲羽岳を登る。悪天候の為、水晶岳は登れずに
2004年8月には湯股温泉から竹村新道を登り水晶小屋に泊まり、水晶岳に登ることが出来たけど、
ガスっていて展望な無しでした。
高天原、雲の平は憧れるエリアですが、日数も掛かるので、もう頭の中から消え失せかけていたところでした。
が、歩ける内には行ってみたい!!

私が2002年〜2004年に掛けて歩いていた頃に、砂永純子さんも歩いていたでしょうから、
何処かですれ違っていたかもしれません。

昭和38年正月、愛知大山岳部パーティ13人が遭難、全員死亡した大惨事の時は
五十嶋は22歳、その前年秋に偵察を兼ねて合宿に来た彼らをテントから小屋に呼びいれて
酒を酌み交わしたと言う。

この本は新潟市の図書館には蔵書が無く、リクエストで千葉県立東部図書館からの相互貸借で借りました。
返却が惜しいような、手元に置いて再読してから行きたい!


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
面白そうな本ですね。オイラの仲間にもそういう人がいたけど消息がわかりません。雲の平周辺はロマンの地ですね。
しゃくなげいろ
2017/02/05 09:14
しゃくなげいろ様
北アルプス最奥の温泉というものに惹かれます。
道のりは遠いですが、憧れます。
のりこ
2017/02/05 09:44
のりこさん、こんにちは

私も山小屋での仕事に憧れたことがあります。
長期間滞在してこその山の表情、景観は勿論ですが、
やはり山好きの人達との体験談、そんな交流は魅力です。
昨年亡くなられた伊藤正一さんの「黒部の山賊」なども面白かったです。



2017/02/05 14:21
岳様
アルバイトや一夏の体験なら若い頃なら出来そうですよね。
私みたいな山に登るだけではぁ〜はぁ〜していて、力仕事も出来ないのは
無理ですが・・・
伊藤正一さんの「黒部の山賊」は読みたいと思いながら、ずっと読めずにいましたが、是非読んでみたいと思います。
定本が復活したようなので。
2003年に三股山荘に泊まった時には小屋の所得税をめぐっての署名ノートが置かれていて、署名をしてきた思い出があります。
開拓者達が次々に天国へ召されていきますね、淋しい限りですね。
のりこ
2017/02/06 10:02

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