のりこの日暮し日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 「シズコさん」に号泣!

<<   作成日時 : 2008/09/08 23:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

NHK「週刊ブックレビュー」で紹介されたのを機会に佐野 洋子さんの著書「役にたたない日々」を読み(7月19日)その時に図書館に予約した本がようやく待って、待って、手元に来ました。
シズコさん」です。
画像


これほどまでに飾らず、本音で語り、我が身につまされるエッセイは初めてでした。
ポケットティッシュを脇に置き、後半は号泣しながら読みました。
会社ではとても読めなかったでした。
明日が来る前に、寝不足覚悟で深夜と言うか、私にとっては早朝の速読でした。

娘と母、そしてそれ以外の家族との壮絶な戦前、戦後の生き模様
○○様、例えば「生きざま」と言った風な「○○様(ザマ)」と言う言い方が嫌い!
これは高校時代の担任であり、国語、古文を3年間教えて頂いたN教師の口癖で、私はこのN教師には一方ならぬ「尊敬」と「憧れ」を抱いていたので、十二分に言葉の使い方、好き嫌いについてことさら印象に残っているのです。
で、通常「生きざま」と言いたくなる言い方を「生き模様」と書きました。
亡くなった方もいるが、まだ存命の妹や叔母もいるだろうに・・・ここまで書いてしまっていいんかいな?
と思う程です。
エッセイだからと言って、全てを赤裸々に書くわけでもないでしょう。
エッセイと言えども、一つの「書かれた作品」なのですから。

まず、号泣する理由は、自分の身に置き換えてみて「娘」である自分と「母」である母との関係も、実は表面だけでは他の人(他の家族も含め)には計り知れない「葛藤」や「軋轢」の最中に生きて、生活していることの感情の協調によります。
一見「母」思いの娘に見えて(見えていないかも?)実はそうではない複雑、雑多な感情に支配されている自分。そんな自分の根源はいつから?
佐野洋子さんは>手をつなごうとして振り払われ、「二度と手をつながない」と決意したのが4歳の頃。(私と母さんのきつい関係)の始まり<と書いています。
私が母の性格や言動で、「私とは母娘だけど、違う!!」と思うことが多々あります。
それが何なのかは今、この場では言えませんが・・・

私はもう少し洋子さんよりは若いし、母もかなり「物忘れ度」は高くなってきてますが、まだまだ「自分をしっかり保っている」ので、洋子さんがお母さんの晩年にしてあげたような気持ちにはなれません。

全面的に好きにはなれない、かと言って徹底的に嫌ってはいない、複雑、瑣末な感情の虜はとりも治さず、自分が自分と向き合った時に、自分を好きではあるが嫌いな部分にも眼を瞑れないと同じかと思われます。

絵本作家、エッセイストとしての「佐野 洋子」だからこそ、書けて、読ませることが出来るのでしょう。
市井に埋もれて、誰とも知らないその他多数の「娘」と「母」たちにもその数だけの「言うに言われぬ本音の葛藤」が実はあるのだと思う。

もし、私が、自分と自分の母とについて書いても、誰にも見せずに母か自分の棺おけにそっと忍ばせて、「仏」になったら読んでネ。と言いたい。
私の娘も「娘」として、「母」である私にも、そうした隠匿している感情は渦巻いていることでしょう。
至らない「母」ですから・・・

ガンに侵され、転移して余命2年と言われ、それから1年過ぎた。と書かれてありましたが(asahiニュースで)今後、洋子さんの他のエッセイも読んでいきたい。

豚肉生姜焼き・蒸しナスゴマ和え
画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「シズコさん」に号泣! のりこの日暮し日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる